伊沢由美子『ひろしの歌が聞こえる』1980,児童文学者協会新人賞受賞作、秀作である
この作品は同年の児童文学者協会新人賞受賞作だが、その前
に第11回の北川千代賞も受賞している。基本は小学校生徒高学
年向けだろう。今は古書でしか入手できないが、現在は非常に
高値となっている。東京の渋谷駅のコインロッカーにバスタオ
ルにくるまれて紙袋に入れられている赤ん坊が見つかった。男
の子であった。「ひろし」となづけられ、児童福祉施設の「
若葉園」に引き取られた。同室の明子、武にかわいがられ、大
きくなった。
施設の智子先生は、親も全く知らず、どこで生まれたのも分
からないひろしに対し、自分の学生生活の最後の旅で訪れた山
陰の海辺で拾ってきた「小袖貝」をそのバスタオルに入れてあ
げ、ひろしがもう少し大きくなったら「あなたは美しい海辺で
生まれたのですよ。これはお母さんの形見です」と、ウソでも
いいから優しく話して聞かせようと思っていたが、ひろしは、
わずか五歳で亡くなってしまったのだ。
同室の小学四年生の明子は、その小袖貝を、ひろしが生まれ
たと智子先生が言う海へ帰すべく施設を抜け出し、ひとり山陰
の海へ出かける。それをかばう武、久雄、また智子先生であっ
た。
悲運の星の下に生まれ、薄命だったが純粋さを持ち続けた、
ひろしの尊い心が全編にそこはかとなく染み渡っている、とい
うのだろうか、児童施設の不幸な子どもたちの心と行動を、実
に涙ぐましく描き出している。本当に泣かされる物語である。
私などはあまりに、ひどい親、散々な家庭にうまれるくらい
なら施設のほうがいい、と思ってしまうのだが、しかし実際に、
その境遇における切々たる心情は察するにあまりある。
秀作である。
小袖貝
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