吉川幸次郎『中国の智慧、ー孔子について』1953,新潮社

現在も新潮社から出ているのだろうか?ただKindleでも購読
できる。初版当初は実は一時間文庫、とというふれこみ、だっ
たそうだが、一時間で読めるものではない。古代中国の地名や
人名、古典の文章、文句が数多く引用されているから、その道
の専門家でもまる一日では読めないだろう。サブタイトルは「
孔子について」だ。歴史的には戦前、林語堂が『孔子の智慧』
という本を書いていた。戦後も引き続き、出されていて好評を
博したという。それは従来、とかく字句の解釈、形式的道徳主
義にとらわれる傾向が強かったのに対し、自由な解釈で孔子を
論じ、現代に活かすコンセプトだったこともあったそうだ。
どうやら、吉川幸次郎のこの著書はり林語堂のコンセプトに
学んだものがある、かもしれない。この本で著者は非常に具体
的な資料を巧みに使いこなし、その間に気の利いた、含蓄ある
文章で高知の生活と意見を論じている。
最近、日本の学校で孔子が教えられているのかどうか、孔子
は云うならば世故に長けた理想主義者であり、中国漢民族での
最高峰の存在だった、かもしれない。その思想も意見も後世の
道徳家のような融通が利かないものではなく、人言生活への、
プラス面、マイナス面をよく斟酌しての実質的に好ましいやり
方で述べているようだ。静かに諭す、穏やかに論じるというの
やら、「論語」の魅力もそこにあるということだろう。
著者はそのコンセプトを「ふてぶてしいまでの人間肯定の精
神、さらに言い換えれば人間の善意への信頼」とみなし、孔子
の教えなど時代遅れという考えには「それは厳格すぎるからで
はなく、あまりに楽観的なため」だからという。
別に孔子の考えをどう捉えでも、別に危険な要素はないと思
えるが、暴力、策謀ん跋扈する現代ではそんあ呑気なことでは
全てを律することは出来ない、というのも仕方がない。だが、
吉川さんは自信たっぷりで、「史記」の「孔子世家」や「春秋
左伝」などから興味あるエピソードを取り上げt、当時も現在に
ひけをとらぬ混乱時代だったことに鑑み、孔子の自信を描く。
「春秋」の現実と「論語」の理想は、云うならば「旧約聖書」に
おける暗黒と「新約聖書」の光明との対比に似ているというのだ
ろうか。
孔子は「仁」と「知」にまず重点を置いて、広い意味での愛情
、それは政治に必要なことだが、知識と思慮を重視した。「善意
と能力に富む人間の世界、それが孔子には唯一無二のものであっ
た」というのも、それはそうとして、現実は限りなく難しい。
実はいたって常識論の孔子の思想を、あらためて述べたという
本である。人間の迷走に際限はない時代、孔子の現代性はかえって
際立つと云うべきか。私は中島敦の『弟子』に描かれている孔子に
その真実を見る。
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