兵藤正之助『正宗白鳥論』1968,キリスト教信仰回帰を必然とする、やや我田引水か

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 数えてもいないが、いわゆる「正宗白鳥論」という書物は、
非常に種類が多い気がする。そのどれも、非常に好学の士が
独自の個性を込めて書いている力作揃いであると思う。正宗
白鳥が小説家というより文芸批評家、極めて個性的な批評家
であったことが、逆にその作家論を書きやすい、小説はそれ
ほど多くもなく作品は長くもないから、それも論じやすい要
素だと思う。

 その中の一つ,「正宗白鳥論」としてはあまり知られていな
いようだが、1968年、兵藤正之助(兵頭ではない!)による
『正宗白鳥論』である。

 正宗白鳥は1962年、昭和37年10月28日に膵臓がんで亡くなっ
た。享年84歳。これはよく知られているが、臨終に立ち会った
柏木教会牧師の植村環によれば、植村牧師が祈ると、白鳥はあ
たかも、最後の力を振り絞るように「アーメン」と叫んだとい
う。・・・・・・これをもって「信仰に復帰」したと果たして
云えるのかどうか、である。「信仰に復帰」の定義は何か、で
あるが死の間際、病床で、がどうか、である。正直、私はお世
辞にもさほど意味のあることではないと思えるが、これは当時
から大きな議論を巻き起こしたという。

 小林秀雄や高見順などは白鳥の態度を信仰に篤い精神として
信仰回帰とそのまま認めたのだが、対するに臼井吉見、船橋聖
一らはいたって否定的、臨終の気迷い、妄想に過ぎないとした。
幻滅哲学というのか、生涯「懐疑と信仰」の間を揺れ動いたか
のような、というよりずっと懐疑だったような白鳥が、その最
後の最後で信仰に復帰した、それは要するに、正宗白鳥だけの
問題ではなく、その長い文学キャリアを考え、あたかも日本近代
文学の本質に迫る問題とも捉えられたのだ。

 そこで、兵藤正之助、という方が『正宗白鳥伝』といって最
期の「信仰回帰」をテーマに据えた評伝を書いた。でも、この
著者、さして有名でもない。初版刊行当時、関東学院だ学教授
でロマン・ロランの研究家、というからフランス文学専攻なの
だろう、巻末によればである。関東学院大はミッション系だっ
たはず、だからか、著者がクリスチャンなのかどうか、ともか
く正宗白鳥の評伝と云うかその文学論をキリスト教回帰にだけ
しぼっての論述はユニークである。自然主義などは一顧だにし
ていないようだ。

 著者、兵藤氏はひたすら信仰回帰という問題をターゲットと
して白鳥の文学歴を検討している。このテーマ設定がそもそも、
それほど意味を持つのかどうかだ。

 こういうことだ、正宗白鳥と云えども終始一貫、懐疑と幻滅
、人生の虚妄の愚痴をこぼし続けたわけではなく、その人生を
細かく見ると山あり谷あり、それをはっきろ取り出してみせる
のだ。昭和20年8月15日、日本の無条件降伏、その際の白鳥の
心的態度はおよそ大家らしからぬもの、だったが。その理由を
嗅ぎつけている。

 白鳥は敗戦を単に敗戦と捉えず、原爆投下の洗礼という前例
ない恐怖が、人類の歴史をそれ以前と以後に分ける、と考え、
その意味で戦後は質的に異なる文学を期待したという。それは
白鳥の不断の死の恐怖、その克服と一体のものであり、その文
学化を実は探求したという。だからこそ、白鳥の「懐疑と信仰」
は風化もせず俗に陥らなかった、というのだ。常に緊張関係を
維持し得たと、いう。

 その緊張関係の果てが、「この世界はこのままではいかん」と
いう新たな日常の肯定的次元を開拓し、最期の信仰回帰も必然で
あったというのだ。まさに一直線、目的を最初にこしらえて一目
散という風情だ。それはそれで結構しているが、「ほんとにそう
かな」という疑問を抱かざるを得ない。それすなわち、この本の
欠陥である。白鳥文学の魅力はどこか、という本質的問題もまっ
たくパスしている。全てが結論のための我田引水ということだろ
う。




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