茫然・唖然・憮然・憤然・慄然・悄然、の現在の心境

145100483808996516178_IMG_1664_73.jpg
 私は原則、というよりほぼ完璧に病院、医院には行かないが、
医療従事者は結核の検診を一年に一度は受けなければならない。
まあ、いかに医者にいかない人でも歯の詰め物が取れた、など
で背に腹は変えられず歯科医に行かざるを得ないのだが、歯科
医院をやっていて歯科医が複数だから歯科医院に行く必要もな
い、これは実は大きい。・・・・・で、それはさておき、先日、
近所の医院に結核のレントゲン検診に出かけたのだが、さて、
普段は見ない保険証を見ると、「前期高齢者」、正直、笑うし
かないと思った。指折り数えても100なんてすぐ到達する数だ、
その年数さえ現実、人は生きられないことが圧倒的に多いし、
生きたところで意味はない。つまり前期高齢者となると、もう
「後期高齢者」は眼の前だ、そうなると、大雑把に云えば人生
はほぼ時間的に云えば過ぎたに等しい、こんな人生で人間、あ
れがいいの悪いの、ドグマ信仰したり、栄誉、金を追い求めて
みても、ただただ空しいだけではないのか、死ねば無ですらな
い、のである。人生はかくのごとく、アホらしいほど短いのだ
が、問題は短すぎる人生に苦渋、苦しみ、不幸、災難が多すぎ
ることだ、なら生きるって割に合わない、と思ってしまうが、
これは生きとし生けるもの、に課せられた理不尽なる宿命なの
である。いままではさほど気にもとめていなかった過去のあま
りの理不尽な災難、いじめ、疎外に対し、今になって、あらり
とあらゆる怒りと不満が噴出し、その結果が、茫然・唖然・
憮然・憤然・慄然・悄然という心境ということだ。さすがに泰
然とはいかないものだ。全てが理不尽の極み、今までさほど、
感じなかった怒りがこみ上げてくるものだ。やはり公立中学へ
は間違っても行くものではないと思うが、あの当時、私立中学
は地方ではごく限られていた。親の商売と云えば、養鶏家に
飼料をを売って金で受け取らず、鶏卵で受け取る。これは
農家に肥料を売っておコメで受けとる、という物々交換とい
う時代錯誤を超えた白痴的なもので、その白痴性は一事が万事
、まさしくデタラメなロクでもない親たちだった。よりに、よ
ってということだが、親の品性を選んで生まれるなんて出来る
相談ではない。

 さて2024年、黄金週間も近い。それを励みにもうひと頑張り
、というところである。

この記事へのコメント