万死に値する国のNISA、新NISA、国民の投信への誘導政策、「投信は投資でなくペテン」

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 これからは日本人も預貯金だけではなく、投資へと向かわね
ばならない、という国の御託なわけだが、「投資」というから
には多様な対象がある。「投信」は「投資」の名に値しない、
その実態は遺憾ながらペテンである、「運用のプロ」が高率の
「信託報酬」を取って、いかなる結果責任も取らない。それを
隠蔽するための「分配型投信」、まあNISAでは毎月は禁止され
ているようで隔月分配となる。それは利益でなく自らの投資し
た金を目減りの形で受け取っているだけなのだが、今もあるら
しいクローバルソブリン、なぜか分配金が続く?なぜ?「新た
にどんどん契約を取ってその新規契約者の金を分配金に流用し
続けていただけの話である。まあ、天下一家の会のようなペテ
ンなのだが、「投資信託」だという。新規契約者が減少し、止
まればお陀仏である。また継続中である。

 まだまだ「分配金」を「儲かった」と思うような人が続出と
いうほどに未経験者を国が投信に続々と誘導しているのである。
私は、その話だけを聞いて、国がなにかとんでもないほど素晴
らしい新制度を創設してくれたのかと瞬間思ったが、ちょっと
「パンフレット」を見たら「なーんだ」である。

 だから国による新制度、NISA、さらに新NISAも「利益非課税」
で国民を惑わして投信へ引き込んでいるのだが、換言すれば、「
投信は基本的に利益などでないもの」ということを国が熟知して
いるからとも言える。だが「非課税、永久非課税」と云えばそれ
だけに舞い上がって投信に誘引される。「運用のプロ」が行いま
すといって、それは「運用のプロ」でなく「運用のプロというフ
レコミで自ら利益を得る」プロなのである。その昔、プロと素人
には情報量の差という大きな差があったが、現実、今やほとんど
の情報はネットで開示される。さらに直接取材は逆に困難になっ
ている。「プロだから特別な情報を仕入れて株に勝てる」時代
ではない。実際、ファンドマネージャーと云われる者どもは、
現実日常、資料作成や会議などの雑務ばかりが増える。昔の職人
芸の世界ではない。運用会議は現実頻繁で資料作成とプレゼンテ
ーションが常に要求される。結果、膨大になるばかりで、およそ
的外れで全く運用の参考にもならない、ということになる。また
運用失敗の言い訳が非常に重要となる。月々の報告書作成に手抜
気は建前上は許されないのだ。つまり、実質はなく余計な逃げ口
上の作成に労力が費やされる。「運用のプロ」の実態はお粗末な
もので、確かに投信が目減りするのみ、は分かる話だ。つまると
ころ「運用会議で決められた銘柄の売買のタイミングとウェート
だけで社内の優劣の評価が決まる」という形式主義!の極みであ
る。買い手は購入時の販売手数料、継続すればつねに引かれ続け
る信託報酬、解約時のまた信託財産留保額、・・・・・これで買
い手が儲けようなど夢のまた夢で、ましてや「若い人が最近は、
積立て投信、見上げたもの」などという聞くだけで気の毒で泣け
てきそうな話さえ、一般化している。

 これだけネット情報が入るのだから手数料無料のネット証券で
個別株を自らの責任で売買すればいい。だが「気短か」では絶対
にダメ、上がる確率、下がる確率、下がる確率が高いと思えばい
い、難しい話ではない、安く買って高く売ればいいだけのこと、
そのためには忍耐力が必要になる。

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