北杜夫『さびしい王様』1969年、あまりに竜頭蛇尾の「大人向け童話」、ディテールのパロディーに終始

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 タイトルでは北杜夫の作品中で良く知られていると思う。が、
何だかそのタイトルだけで敬遠したくなりそうな作品である。
だから、読んでいなかった。が、今回、読んだ感想は、だが。

 「王様」は何かと古来童話の主人公になりがちだ。「裸の王
様」はこれは見事だと思う、作品でもないが「王様の耳はロバ
の耳」、本格文学でも「王」がつく作品、著名作品は多いと思
う。King Learは最たるものだろうが。ただ概して王様、あるい
は日本的な殿様、は世間知らず、周囲が真相を知らせないとい
うちょころからくる破綻を描くものが多い。正直、イヤな作品
だが菊池寛『忠直卿行状記』これは異質であるが。

 さて、この『さびしい王様』主人公はストン国28世の王様は
悪徳な総理大臣の長年の策謀で、まったく世間知らずに育てら
れた23歳の青年である。そういう主人公が革命の勃発で、領土
の辺境に逃げ込み、そこで恋愛という人間性に目覚める、とい
うお話である。

 ただし23歳の王様、実は再婚なのだ。17歳の時、総理大臣の
言う通りに、ある王国のお姫様と結婚、だがその国の憲法第三条
には王妃は三年以内に男子を出生しないと離婚すべしとある。正
直、日本の明治以降の天皇制を多少皮肉っているとは思う。

 なぜ子供が生まれなかった?というと世間知らずの王様は食欲
だけであり、男女間のことはまるで知らなかった、ということな
のだ。これはありえない話で、教えられたから子供を作れるわけ
ではない。が、この作品はそうなっている。王妃の髪をなでたり
頬にきすはあっても行為に及べない。そんあアホな話はないはず
だが、北杜夫のこの作品ではそうなっている。王妃自体が、わず
か三歳のみぎりで結婚、それが三年経って六歳で、無茶な話。す
ベテは政略結婚、

 その後、元王妃は渡米し、三年後に「神秘の国ストン国王の妃
となって」という本を出し、ベストセラーとなる。だが内容たる
やまだ9歳の少女のたどたどしい思い出話、空白が多く、活字の
少ない本、戦時下の日本の過酷な検閲制度の記憶が北杜夫さんに
生々しいのだろう。

 この本は映画化されたが、映像に映るのはわずかで跡はまった
くの暗闇。それがかえって受けてロングランを続ける、というナ
ンセンスな話、鬱病の北杜夫の発散の作品なのだろうか。しかし
流石に鋭い風刺は見て取れる。

 亡命した王様が自然生物研究、アリの観察に没頭、「無数の中
の一匹」と叫んで、いきなり寂しさがこみ上げる、アリとアリが
出会っての交流を「仲間だ」とつぶやいたり、寂しさがこみ上げ
る話ばかり、でも巧妙だ。

 と風刺は効いていて、細かい部分、面白さはふんだんいあるが、
「大人向け童話」と思うと、亡命の王様は分かれた王妃とよく似
た14歳のイギリス生まれの少女と出会い、恋心、で、まったく、
竜頭蛇尾の尻切れトンボで終わっているのだ。長い作品だが、ど
うも作品としてはデテールのパロディーばかりが目立ち、気の毒な
失敗作というほかない。

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