A・J・クローニン『人生の途上にて』1979、原著1952,クローニンの自伝的な私小説、医師から作家への転進の記録

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 スコットランド出身のイギリスの作家、医師、1896~1981,
ウェールズの炭鉱夫の職業病をテーマにした『城砦』The Citad-
del,1937.や『帽子屋の城』 Hatter's Castle 1932,などは代表
作とされる。最初『二つの世界に賭ける』Adventures in Two Wo
-rld,1952はその後、邦題が『人生の途上にて』と変更され、再刊
された。翻訳者は変わっていない。最初の翻訳は1953年に刊行さ
れている。

 この作品はA・J・クローニンの自伝的作品である。医師として
出発したクローニンが、如何にして作家に転進できたか、という
人生の経路を、小説的なエピソードを述べながら、一貫した自伝
的小説に仕上げている。

 この長編は四部から成り、第一次大戦から復員してきた医科大
学生の著者が精神病院でのアルバイトをやりながら医大を卒業す
る話から始まり、船医になったり、寒村の診療所の代診を務めた
りして、やがて炭鉱の共済会の医師を経てロンドンで名高い医師
となるまでの生涯を綿密に記録を辿りつつ、描いている。

 第四部からは医師として名を挙げた著者が作家への転進してい
く動機を語り、作家としても成功したクローニン自身の内面を描
きながら、同時に第二次大戦の体験から、戦争に抵抗するヒュー
マニズムを展開し、世界の平和を祈りながら長編の自伝を結んで
いる。

 まずこの長編小説のの特色は41章に分かれているその各章が半
ば独立の短編小説ともなっていることだ。ある章はエピソードで
あり、ある章はまたあたかもモーパッサンのようであり、チェー
ホフのペーソスを漂わせるものもあり、独自の味わいを持ってい
る。

 「わたし」は著者であるが、体験し、見聞した生活の中から、
きわめて小説的なトリミングというのか、切り取りをしていて、
各章が造形的にまとまるエピソードとしていると思う。エピソード
の羅列ではないか、との考えもあると思うが、時間の順序にしたが
って、小テーマを丹念に積み重ねることで人生、クローニンの50年
の人生の大テーマが明らかになるように巧みに構成されている。根
底には「人生、いかに生くるべきか」というテーマがあって、その
手法は誠実である。とはいえ、あまりにエピソード的なのは否定し
ようもなく長編ならではの感動とはちょっと遠い気がする。クロー
ニンの温かいヒューマニズムは十分出ている、だがそれせ説教的な
説話の世間話のようにも読めて、いたって大衆的というべきかどう
だろうか。

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