阿部知二『砂丘』,18世紀英文学の真似だが、小説以前だろう

阿部知二といえば昭和11、1936年mの作品『冬の宿』、こ
れを中3で読んだが非常に印象深い、特にラストシーンがいつ
までも心に残る、その好印象が他の作品ではどうにも、あまり
得られないのだ。特に戦後である。この戦後の作品、まだ終戦
直後に近い、1951年の作品だ。阿部知二は岡山県北から播州で
生育という、宮本武蔵とやや共通の傾向がある。だから「砂丘」
といえば津山からも近い、鳥取砂丘が舞台かといえば、確証は
ないようだ。だが実は鳥取砂丘に触発されたのだと思う。北海
砂丘と云って、曖昧であるはある。
さてこの小説、高萩千賀は北海の砂丘で父親と寂しい生活を
送っている。母は千賀が幼い頃、胸を病んで明石の別荘に静養
している間に若い医師といい仲になって、母は砂丘の家に連れ
戻されるが、その後、離縁され、苦悶のうちに死んだ。
千賀の兄も父に背き、砂丘の牢獄を破ってでていったが、や
はる胸の病で家に戻り、千賀に介護されながら死んでいった。
長い伝統と格式を持つ高萩家ももはや没落し、父は怪しげな事
業に手を出している。
美貌の千賀もこの呪われた家から逃げ出したいと焦っている
のだが、宿命というのか、容易に脱出できず悶々としている。
同じ町の出身で、兄の愛人でもあった夏江は今やプリマ・ド
ンナとなって公演でやって来るが、彼女の訪問もまた千賀を感
傷の気分にさせる。夏江の話し相手は地著の見舞いにくる村の
医者である。その医者の経歴については噂はあるが、誰もよく
知らない。戦後、ふらりとこの町に来て、派手好きな美人の大
塔常子と一緒になたが、素朴な学者肌の大塔を千賀は信頼して
自分の悩みを打ち明ける。砂丘で出会った沼画伯とのロマンス
もあったが。
とまあ、ストーリーは確かにある。千賀とその父、千賀と大
塔、沼画伯と大塔常子、夏江とその恋愛問題、春子など何個も
の別々な物語が入り交じる。戦前の名作『冬の宿』から思いも
よらない雑な構成で、そのくせ非常に複雑な筋で登場人物の性
格も内面もいたって掘り下げられていない。没落地主が事業に
あがいているといいながら、そのあがきは怪しい事業に手を出
しながら協力者に娘の千賀を押し付けようとしたり、わからな
いことだらけ。
多分、作品のモチーフは呪われた名家の崩壊の悲劇だとは思
えるが、どうも著者の専攻、大学で講じている英文学のその18
世紀のゴシック小説を真似ているようである。心的過程が描か
れていない小説だ。苦しみもあくびも、変わらないような雰囲
気だ。これでは小説以前というほかない。
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