尾崎秀樹『歴史の中の地図 司馬遼太郎の世界』超人気歴史小説作家の秘密を探る
司馬遼太郎の歴史小説は、ある意味、ワンパターンでもある
し、資料の引用が多いなどと言われもするが、たいした人気で
ある。歴史小説は日本では大衆小説に位置づけられるが、その
人気は純文学を大きく超えるかもしれない。代表は吉川英治と
司馬遼太郎だろう。逆に不人気な歴史小説作家は海音寺潮五郎
と思える。まず読まれない。『天と地と』は連載中の人気はさ
っぱり、だがNHK大河ドラマに取り上げられた途端に、でそれ
で海音寺潮五郎がつむじを曲げてしまった。
司馬遼太郎はNHK大河ドラマに数多く取り上げられもした。
『国盗り物語』、『竜馬がゆく』、実質的に『播磨灘物語』、
『花神』、『翔ぶが如く』、『徳川慶喜』、『功名が辻』、
それ以外の人気歴史小説も多い、というがそれ以外が多数だ。
司馬遼太郎の現代小説は思いつかない、日本人に受ける、
その本質を掴んでいた。
実際、昨日のこともわからないことが多いのに、歴史が実際
どうであったか、誰もその真実は確定しがたい。だから歴史小
説は楽しめる。真の歴史と歴史の虚構である。
この本は司馬遼太郎全集の解説として書かれたものを集めた
ものだ。司馬遼太郎全集の一巻ごとの解説だから内容に沿った
ものだ。エッセイと思えば書きにくい。だが有意義で濃密だ。
一巻ごとに「横道また横道」と展開される楽しさとともに、
歴史と小説のあわいを縫うような気ままな散策という風情もあ
る。エッセイとしては悪条件下だが、そこで自分の世界に遊ぶ
というのは簡単ではないだろう。尾崎秀樹の歴史への恐るべき
情熱、博識、大衆文学の世界への深い洞察と蘊蓄、司馬の歴史
小説を思うままに語りぬく。だから司馬文学の魅力、その方法
論を解き明かして余すところがない。
司馬の歴史小説の根底は「ユニークな乱世史観」だという。
この史観に立って描かれる転換期の人間像が元新聞記者のジャ
ーナリスト的センスで常に「現代の世相とダブって語られる」
ということ、それが方法論だ。それは司馬が生きた15年戦争、
応召して、それを生き抜いた、満州の戦車隊で成績が悪いと
して南方に転出されず、結果的に奇蹟的に生き残った経験、
また大阪人としての生活感覚、人間観察が光っている、とい
う。
しかしながら、この本の魅力は司馬文学を語って巧妙に
司馬文学離れして尾崎独自の近代、現代への洞察を語る点に
それがある。「国盗り物語」を述べて1965年前後の日本の
世相を考察する。「新史太閤記」から戦災孤児のことを語る
、など。現代あっての歴史小説、という信念なのだと思える。
この日本的というほかない司馬遼太郎の人気歴小説の量産
のさらなる本質、私は日本人の語られざる郷愁と思えるのだ
が、それを書いてほしかった気はする。
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