司馬遼太郎『尻啖え孫市』云うならば滑稽にして「鋭い」の一語の娯楽歴史小説
司馬遼太郎は上宮中学から大阪外語で大阪の匂いを深く実
は持っていた作家だった。大阪のいわゆる「ゼイロク侍」、
つまり銭勘定がうまく上手に出世する侍を文学史上、初めて
造形し、歴史時代小説に大阪のユーモア、哀感をにじませた
点でも独自の価値を持つ。そのモチーフを活かした作品が、
この『尻啖え孫市』えある。「啖え」の「啖」はよく「啖呵
をきる」という具合に使われる感じだが「くらえ」と読むの
だ。無類の女好きで。信長嫌いの紀州の鉄砲侍、孫市を主人
公としたヒューモア小説だろう。
織田信長の城下町、岐阜に赤羽織を着て「日本一」の旗を
掲げた紀州雑賀の頭領、雑賀孫市、がやって来た。雑賀党の
三千人は戦国最大の鉄砲集団、この集団を味方につけたもの
は天下を取る、というほどの強力な地侍集団である。
孫市は好色家である。だが下らない女には手を出さない。岐
阜にきたのも信長の妹、加乃を嫁に欲しかったからだ。だが実
際、信長にそんな妹はいない。そこで信長の家来の藤吉郎が、
下賤な女、小えんをお加乃に仕立てて孫市を味方に引き入れよ
うとした。
信長は北陸の雄、朝倉と戦い、孫市は藤吉郎を助けるが、京
に戻った雑賀は女がニセモノと見抜き、故郷の雑賀庄に引き揚
げた。次に孫市は、紀家の荻姫を見初める。荻姫にはすでに浄
土宗の僧侶、法専寺坊信照という男がいた。荻姫の願いで孫市
は侍大将となり、堺へ鉄砲の調達に行き、藤吉郎と出会うが、
その夜、孫市は鉄砲鍛冶の芝村仙斎の娘、小みちを好きになる。
この父親も門徒宗、小みちが理想の女に思えてきた孫市は、小
みちの身体と引き換えに侍大将となって軍団を引き連れ、本願
寺に入城する。その戦術で信長軍を敗退させる。
だが単身、京に姿を表し、信長と和平工作を図る。小みちは
雑賀衆から敬愛されたが、その後、孫市の妻となる。連戦連敗
の信長は大軍を動員し、雑賀衆の撃滅を図るが、雑賀の巧みな
戦いに敗れ去る。かくして「信長に尻を啖わした孫市」となっ
たのだが、孫市も名誉の負傷をする。信長の死後、孫市は秀吉
軍と戦い、死んでいく、40歳だったともいう。
とかくと支離滅裂めくが、雑賀の歴史的意味をまた的確に描
いているのは事実。艶笑滑稽譚は小説だから仕方がないが、い
やらしさは希薄、鉄砲集団の雑賀、庶民に基盤の本願寺派を現代
に即して!捉えているようだ。滑稽譚のようで鋭い!何故か鋭い
のである。
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