陳舜臣『黒いヒマラヤ』偉大すぎる自然ゆえの犯罪、見事な推理小説

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 陳舜臣さんには推理作家としての側面があった。また大阪
外語のインド語科の卒業であある。もちろんルーツは中国で
ある。ただ中国プロパーの歴史小説作家ではない、チベット
と接し、現在も中国が強硬に領有を主張のヒマラヤ、ある意
味、ヒマラヤを舞台の作品を書く必然性はあった。ちょっと
普通の日本人作家では容易に手を出しくい舞台である。

 さた、カムドンは国境の町である。インドの東北部にある
のだが、すぐ先にシッキム王国があるからチベット風の風俗
が見られるかも知れない。

 人間も不潔で建物も汚いこの街は、チベット・インド貿易の
拠点であり、それゆえか、密輸に絡む犯罪が多い。それにチベ
ット人民の中国への反乱もあって人民解放軍が大量に投入され、
鎮圧後は僧侶、地主、民衆がこの地に逃れて来た。

 その中にチェンモ活仏の一行も混じっていたが、カムドン間
近まで辿り着きながら、活仏は病死を覚悟した。彼は財宝を宝
石に替えていたが、それを日本人カメラマンの長谷川に託し、
中国の友人に渡すように遺言した。その友人は娘の李碧を迎え
るために、カムドンのホテルに赴かせたが、途中で道連れにな
ったのが長谷川が訪問しようという失業した毛利だ。

 だが毛利の逢いたがっている友人の長谷川は自動車が断崖か
ら転落して死んでしまった。毛利はその死が事故とは思えなか
った。

 毛利は友人の死の深層を探ろうとした。活仏の死の直前、長
谷川が預かった宝石を巡って、争奪の争い陰謀があったことは
想像できるが、疑いの有りそうな人物は多く、インド人のホテ
ル支配人、チベットの宝石鑑定人、中国人の教師、イギリス人
医師、英印カーフの警部、日本からの学術調査団の一行のメン
バー、それにネパール人、ベンガル人、レプチャ人など多岐に
わたる、

 カムドンの町から眺められるカンチェンジュンガの純白の
霊峰のあまりのすばらしい景観は、逆に人間存在の卑小さを
意識させる、これが実は犯罪に通じる要因になろうとは、で
ある。

 あまりに偉大な自然が人間精神を圧迫し、犯罪の動機となる
という人間精神の意外な面を暴くようで異色な発想だと思う。
文章、構成の緻密さはケチのつけようがないと思える。推理作
家、陳舜臣もやはり並ではない、との証明の作品だろう。

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