ヘンリー・ミラー『梯子の下の微笑』1948,
この作品を述べる前に、ヘンリー・ミラーという作家とは?
1891年、ニューヨークの仕立て屋の息子として生まれた。両親
はともにドイツ系である。わりと早くから放浪癖があったとい
う。父親が貧しさの中から与えた大学の学資をもって年上の女
性と西部に駆け落ちした。多くの雑多な職業を転々として、そ
の中からいくつかの習作を書いた。1928年、パリに向かい、第
二次世界大戦の勃発に際して、旅先のギリシャから米本土に送
還された。カリフォルニアに住み始めた。
ヘンリー・ミラーはアメリカにおいて容易に受け入れられな
かった。だが文学的評価は徐々に上がっていった。・・・・・だ
が性の大胆な!叙述から、ヘンリー・ミラーはエロ作家なのか、
という否定的評価も根強かった。だが本質はヘンリー・ミラーの
作品が非常に多様性をもっているのではないか、ということだ。
最初期の「北回帰線」はどうも独白のような一種の私小説だろう。
『暗い春』はフランス滞在の影響かどうか、超現実主義の短編集
である。『性の世界』は性の解放的な考え、をベースにした一種
の人生哲学であろう『冷房装置の悪夢』は紀行文ながらアメリカ
文明批評だろう。・・・・・・
では1948年発表、邦訳は1954年の『梯子の下の微笑』はまた、
それまでの作品のどれとも似ていないようだ。主人公のおオーギュ
ストは失敗して舞台を追われたサーカスのピエロが長い放浪の後に
急病になった別のピエロの代役をやって大成功を収める。その代役
の大成功を聞いてショックだったのか、代わってもらったアントワ
ーヌは病状が悪化、死んでしまう。オーギュストは再び旅に出る。
ありきたりのストーリーのように見えないことはないが、他の作
品に見られる雑で荒々しい印象がまるでない、単純な話をしんみり
描く、性的な内容も言葉もない、実に落ち着いた筆致と思わせるも
のがある。落ち着いた筆致のようで真摯な求道者の趣さえある。
道化師、道化役者、・・・ピエロは欧米では人生の理不尽の象徴
のような存在なのだろう。ヘンリー・ミラーは「笑いと涙によって
観客の心を解放する」という道化師の姿に自分を投影させているの
かもしれない。寓話と思えるが、それを読者としてどう受け止める
のかは自由だろう。感受性の鋭さが要求される作品だと思う。
この作品、フランス語版にヘンリー・ミラー自身が自分の顔に
手を加えての道化師の顔
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