モーリス・ドニュジエール『めいわく犬』 遠藤周作の斡旋でこの翻訳本が刊行、弱者を主人公として人間研究の極み


 これは現代フランス小説で遠藤周作の斡旋で翻訳が刊行され
た、と「あとがき」に書いてあるとおりで、実に遠藤周作的と
いっていい、中篇小説である。邦題をつけたのも遠藤周作であ
る。原題は「季節の犬」である。そこまで遠藤周作が入れ込む
くらいの小説だから、いたってユーモアがベースにあり、さら
に弱者、社会的劣等者が主人公となっている。弱者、劣等者を
堂々と見据え、それを通じての人間研究がなされている。笑い
と涙に包まれている。惨めで終わらせず劣等者を聖化しようと
せしているようだ。

 作者はモーリス・ドニュジエール Maurice Denuziere 
 1926~  現在96歳で存命である。

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 その聖化、というのか、試みは結果として成功しているよう
だ。恥をかいて困惑の極み、そんな冴えない経験が知らぬ間に
人間を強くする、それは確かに理解できるとは思う。この作品
は巧妙な小説だ、別に動物小説ではない。でも犬好きが読んで
も楽しめそうだが。

 主人公は犬ではない、人間なのだ。主人公のフェリックスは
考古学者、独身である。それまで結婚の機会があったのか、な
かったのか。その独身男が、突然、友人夫婦がスコットランド
に三週間家族で旅行するというのでボクサー犬を預かってくれ
と頼まれた。その夫婦の妻をフェリックスは内心好きなようで、
夫のアンリは幼友達だという。アンリは昔、フェリックスから
恋人を奪って結婚した、という。それでもフェリックスは夫婦
と仲良く付き合っている。

 で、犬を預かる話、フェリックスはこれを断ったのだが、夫
婦はしぶとく頼み込むので止むなく、犬を預かった。

 それを流石にフランス小説、というえきか、心理描写、分析は
見事だと思う。室内劇的な心理の動き、心の綾を描いてさすがと
云うべきか、遠藤周作が惚れ込むだけのことはある。犬がおざな
りではなく、登場人物に十分なり得ている。

 そのボクサー犬の名前はネロという。これが遠藤周作のように
非常にイタズラ好きで、フェリックスを散々な目に合わせる。三
週間後、やっと解放されたフェリックスだがネロの消えた室内は
ガランとして寂しい。そこで夫婦に電話を入れ、ネロを譲ってほ
しいと頼む。夫婦もネロのいたずらに閉口していたのか、快諾し
た。

 そこからフェリックスとネロの生活が始まり、いっしょにヴァ
カンスに行く。だがそこからまたバカバカしい不幸が始まる。
だがバカバカしい、おかしい話というのではなく、しっかり小説
として見事な構成、起承転結がある。さすがのフランス文学であ
る。著者のモーリス・ドニュジエールは「ルイジアナ物語」とい
う長編小説と云うより大河小説で大成功を収めている。確かに思
いつきで書けるような小説ではない。

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