ハーパー・リー『アラバマ物語』1975,黒人にふりかかった冤罪事件と父と兄妹の家族愛の物語


 原作のタイトルは『To kill a mockingbird』作者はハーパー・
リー、Harper Lee,1926~2016,アメリカの女性作家。代表作が
このTo kill a mockingbird,『アラバマ物語』である。映画化も
されて著名な作品である。舞台がアラバマ州だから邦題を『ア
ラバマ物語』としたのだろう。原作の発表は1960年、邦訳の時
期は1975年である。映画化は1962年。

 で舞台は詳しく云うとアラバマ州南部の古い町、メイコーム
で時代設定は1930年代の中頃、主人公の「私」は愛称がスカウ
ト、この物語が始まるときは6歳である。

 その家族は弁護士の父アティカス・フィンチ、四歳上の兄の
ジェム、それとお手伝いの黒人カルパーニである。母はスカウト
がニ歳のときに亡くなった。それでも兄妹とも「申し分ない人」
と評価する父は一緒に遊んでくれ、本も読んでくれて、子供への
態度も扱いも申し分ない。だから兄と妹は明るく育った。

 ところでメイコームの町は南部の縮図のような所であり、貧し
いが、祖先の誇りを保って孤立している旧家、働く意欲を失って
いる白人の群れ、この町に生まれ、この町を愛し、正義と秩序を
もたらそうとする少数の人達。それに黒人という複雑な社会であ
る。

 教会と学校はあるが、映画館もなければ子どもの遊び場もない。
子供はいつも大人の事件に巻き込まれている。レイプという冤罪
をかぶせられた黒人と、その弁護に立つアティカスもその例であ
る。

 無実の罪と抗議するスカウトにアティカスは「人間は一生のう
ちに一度は、やむにやまれぬ事件を手掛けるものだ。自分にとっ
てはこの事件こそがそれに該当する。お前は学校で聞きづらいこ
とを耳にするが、頭をぐっと上げているんだ」と諭す。

 この事件は結果は不幸にも悲劇で終わる。アティカスは

 「黒人の無知につけ込む低級な白人ほど、私を憤慨させるもの
はない。それが積もり積もっていつか私達はそのツケを払うこと
になる。私としてはお前が大きくなて、そんな事件が起きないよ
うに願うしかない」

 この小説は、正義感はそれはそれとしても、実際にこの社会で
それを実現するのがいかに困難であるかをこの小説は暗に述べて
いる。・・・・・・なのだが単に事件ものかと云えばそれも違っ
ているようで、父親と幼い兄妹の愛情物語、愛情の記録といって
いいほど、ヒューマニズムに満ちたものである、ここにこそこの、
作品の真骨頂がありそうだ。

 例えば近所の気持ち悪い幽霊屋敷とその住人、老木の穴に次々
と置かれる数々のプレゼントなどちょっとミステリー要素もある
と思える。それは知に目覚めていく子供たちを誘導し、冒険心も
発展させる。その過程を上手に手綱さばきで成長を意義深いもの
とする父親の愛情、とまあ、アメリカ文学では稀有な構成と表現、
アメリカ文学史に輝く名作というべきだ。

 アメリカ文学はなかなか読む機会がない、というのか読む気に
なりにくい、ものである。まずは原文で読んでほしい気はする。


Harper Lee

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