獅子文六『父の乳』妙なタイトルだが『娘と私』の続編の自伝的小説、名作。タイトルで損をしていて惜しまれる

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 私が小学生、上級学年の頃、家にあった婦人雑誌、あの頃
は婦人雑誌はまだ全盛であった。中を見ると獅子文六で「父
の乳」なる連載小説、イラストは学生帽の学生の姿だったし、
内容もそのようで、「自伝小説か」と思った。もちろん、実
際にそのとおりである。1965年頃のことだった。

 獅子文六さん、演劇の分野ではは岩田豊雄、文学座設立の
発起人の一人。1893~1969,享年76歳。

 自伝小説となるとあの有名な『娘と私』がある。1953年、60
歳で長男が誕生だが、その年、1953年の初めから1956年、昭和
31年5月まで『娘と私』を連載、完結させている。その直後から、
1956年2月から1958年4月まで『大番』を週刊朝日に連載、つまり
還暦、長男誕生の頃から数年で代表的長編を完成させているのだ。

 で多分、1965年頃から、婦人雑誌に『父の乳』という自伝的作
品を連載、完成させ、新潮社から単行本を1968年に刊行している。
『大番』はさておいて、『娘と私』、『父の乳』は自伝作品の二
部作である。だが正直、タイトルが口に出して言いにくい『父の
乳』でこれが作品の普及を阻害した要因であろう。ちょっと失敗
であった。そのせいか、現在、全く刊行されていない。他の多く
の作品は現在も復刊され、出ているのにだ。見事に完成した自伝
小説の第二部にしては不遇な作品である。理由はタイトルである。

 獅子文六という作家はどれほど現在、読まれているのか、ほと
んど読まれていない気もするが、日本近代文学でもまさしく端倪
すべからざる作家であった。長くフランスに留学し、そこでフラ
ンス演劇の日本への移植を出発点とし、戯曲から長編小説へと進
んだ。僚友と云うべき岸田國士とともに、日本の文壇では際立っ
た経歴である。その小説、長編小説の作風も自然主義から私小説
へと続く日本文壇の流れとは全く無関係に、自伝的長編を二作品、
完成させた。

 だが『娘と私』が今なお、読まれている(と思うが)に対し、『
父の乳』はなにか忘れられているのは、やはり・・・・・、であ
ろうか。獅子文六さんの死後、その作品はほぼ全て絶版になった
が、2010年くらいから、どんどん新板で刊行されているが、『
父の乳』はさっぱりである。

 フランスの女性と恋愛し、女の子も生まれたが、その子が七歳
で妻は亡くなり、父親と女の子だけが取り残される。その女の子
を一人前に育て上げ、結婚させるまでの生きたその歴史は父親の
再婚、その妻の死という事案を含んで感銘を与える。再婚の妻は
死んで二度目の再婚、その結婚の子供が長男である。

 イギリス女王の戴冠式参観でロンドンを訪れた60歳の獅子文六、
故国日本の妻の妊娠を知らされ、おどろく、その長男が10歳の誕
生日を迎えるまでの歳月もまた心を打つ。

この記事へのコメント

いちくん
2024年12月07日 14:14
ちくま文庫の新刊として久しぶりに2024年12月12日発売されるようです。