安岡章太郎『ちえかします』1964,独創的な指摘にすればタイトルが侘しい。事例は古めかしい。
刊行されたのは1964年、著者が45歳くらいのとき、タイト
ルは「ちえかします」生活の知恵というのか、スタンスは、
いつものとおり、気取りはなく、その逆であるが、云うなら
ば「一寸の虫にも五分のたましい」的な矜恃はありありと感
じられる。へそ曲がりであり、痩せ我慢的なせめてもの、抵
抗の精神なのだろうか。
まあ、別に高遠な思想も理屈も述べられてはいないと思う。
だが、内容はさすがである。難しくは全然書いてもいない。
さりげない。その発想はユニークこの上ない。といって、もう
時代が前となるから、事例は古めかしい
ある東京のレストラン・シアターで、というが、がドイツか
ら呼び寄せたダンサーに赤い腰巻きをちらつかせ、どじょう掬
いを踊らせるとか、あるビヤホールは白人娘を「女給」に使っ
ているとか、今から思えばドジョウ掬いはさておき、白人の若
い娘をウィエイトレスなど、大騒ぎするようなことはないが、
あの時代である。ともかく、そのような事案に著者は、いわく
云い難い日本人の当時としてはだが、倒錯した心理を見抜いて
いる。やたら「舶来品」を崇める、また茶道に通じる精神主義
に接ぎ木をするような日本人のへんてこな心理を指摘する。
といって著者は西洋のみ崇め、それに比べ、日本はダメだ、と
云ってはいない。実に奇妙な時代に今はいるということに途方に
くれているというのだろう。
「スポーツと見せ物」はスポーツが苦手だった少年時代の悲し
い思い出を述べて、何か身につまされる話だ。また「人さらい
の誘惑」の「家」に帰るという潜在意識の恐怖心の追求、そのま
ま中編小説になり得ている。
気取らずさりげない、まず共感出来る内容ばかり、だからタイ
トルがわびしすぎると感じる。
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