負けたら終わりの高校野球、いったい何のためのスポーツ?欠落するリーグ戦の型式
夏の甲子園大会が始まる、無論、トーナメントである。全国
大会ならそれは当然、他の競技でもそうだ、と思うかもしれな
いが実は高校レベルでもリーグ戦型式は存在している。常に負
けたらそれで終わり式の公式戦ばかりではないのである。大学
ならリーグ戦で競うことは通常だが、高校では難しい、にして
も、やろうと思えば可能である。限られた短い三年間、負けた
らそこで、おしまい、3年生などは、まさしくそうだ。。7月
中旬までにほとんどの3年生は引退となる、別に甲子園大会が
全てでも何でもないだろう、高校時代にスポーツ、野球をやり
たい、それだけだろう。だが高校球児の運命はのっぴきならぬ
トーナメント大会を目指す、まあトーナメント大会のみ、あと
は練習試合である。欠けているのはリーグ戦の思想である。リ
ーグ戦で目先の勝敗にそれほど、こだわらず、じっくり腰を据
えて、要は通常の当たり前のスタンスでスポーツに取り組める
、ここでは球技スポーツ、特に野球のことなのだが、高校の野
球は特に、すべて例外なくトーナメント大会、負けたら終わり
ののっぴきならぬ勝敗だけにこだわる試合、だから練習はギス
ギスしたシゴキ風になりがちである。目先の勝敗に必ずしも
こだわらない、スポーツ本来の楽しみを追求する、甲子園利権
から解放された場があって当然である。
日々報じられる高校野球の報道は、あまりに、のっぴきなら
ない目先の試合が全てで負けたらすべてお仕舞い、目の前の試
合の勝敗がすべて、練習もそれに向けた一種の狂乱、・・・・・
大人たちの甲子園利権からか離れた、本来の高校生のスポーツと
して、7月で引退しなくても済むような悠々たる高校野球があっ
ていいと考えるのだが、毎度のことながら、ギスギスした、負け
たら終わりの高校野球ばかりをこれでもか、これでもかと見せら
れる。
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