文学上のライバル関係、泉鏡花と徳田秋声、同郷で同門


 文学上のライバル関係というものは非常に数多い、枚挙に
暇がないと思うが、芸能評論という分野まで広げると正岡容
と安藤鶴夫は相当に激しい対抗意識があって暴力沙汰まで実
際に起きたほど。ライバルとは「気になる存在」とも言える。
ただ「気になる存在だからといってライバルともいい難い。
相互に「気になる存在」であることが必要で、さらに敵味方
に最初から分かれて生涯、いがみ合った、タイプのライバル
として徳田秋声と泉鏡花がまず挙げられると思う。それにつ
いては滑稽で深刻な話が数多く残っている。

 徳田秋声

 
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 さて、泉鏡花と徳田秋声は尾崎紅葉門下で同門の弟子、と
いうことであるが、北陸金沢の同郷でもある。金沢の輩出し
た作もライバル意識に拍車をかけた。同門ゆえ、同郷ゆえに
ライバル識がいっそう激化したわけである。

 泉鏡花、徳田秋声、その名声は双方ともますます上がってい
った。さらにライバル意識を深める結果となった。徳田秋声が
ある会合で後輩の作家たちに囲まれていたとき、いたって上機
嫌だったが、ラジオから突然、泉鏡花の「湯島の境内」が流れ
てきて、秋声は顔色を変えて、その放送の間中、「不愉快だ、
不愉快だ」とつぶやき、繰り返しながら部屋の中を歩き回って
いたという。だったらラジオを切ればいい、のにと思うが。

 これはやや、意外なのだが、あの菊池寛、東京高師を退学さ
せられ、旧制一高に再受験で入学した、一高の同級生、芥川、
久米正雄、松岡譲、成瀬などよりかなり年長だたが、芥川への
ライバル意識があった、とは一高も佐野の罪をかぶったマント
事件で退学、京都帝大の科目履修生的な選科に入った。その時
期の心境を描いた作品が「無名作家の日記」である。選科は確
かに面白くはなかったにせよ、京大は図書館でも充実しており、
また余計な交際に時間を取られることもなく、一意専心での文
学の勉学が可能で、これを菊池寛は生涯の幸運として挙げてい
る。・・・・・・ならいいじゃないか、と思ってしまうが、や
はり東京を一人離れ、鬱屈した心情は免れることはまた出来な
かったようだ。

 ここで「無名作家の日記」でライバル的な存在を挙げてその
感情のほとばしりをぶちまけている。友人でライバルと云って
年齢の差、少々の年齢の差はライバル意識を無にさせる効果は
なかったようだ。

 山野という文才あふれる友人についてこう書いている

 「俺はいつも山野が、自分の人格の強みを頼りとして、無用
に他人を傷つけるような、態度に出るのが不快だったが、それ
にも拘らず、あいつの才分を認めないわけにはいかなかった。
特に山野は意識的に、俺を圧倒しようとしていた。・・・・・」

 この山野は芥川龍之介ともされるが、まあ、それくらいしか
思いつかないが、本当にそうだったのか?とまた怪訝にも思える
るだろう。菊池寛と芥川では何から何まで異質ではないか、どう
もこの作品「無名作家の日記」は実態とことなるディフォルメが
相当にあるように思える。

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