田宮虎彦少女小説短編集『飛び立ち去りし』1956,角川書店、情感を込めた切ない短編集

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 もう古書中の古書、だが十分入手可能である。1956年、角川
書店から刊行の、多分、若い女性のための短編集と思われる、
田宮虎彦の本のタイトルは『飛び立ち去りし』、よく分からな
い標題だが、その表題の作品はない。田宮虎彦は1911年、明治
44年生れ、東大国文卒、卒後は雑誌編集など職業を転々とした
が昭和23年、1948年の作品集『霧の中』で認められ、小説に専
念となった。この『飛び立ち去りし』までに、すでに『絵本』、
『菊坂』、「足摺岬』、『落城』、『眉月温泉』などの多くの
佳作をものにしていた。

 この本を読んで感じるのは田宮虎彦は情感を込めて作品を仕
上げるのに長けた、本当に小説上手という印象である。この、
まさしく情感とおうものが、少女小説に限らずすべての作品に
染み渡る、田宮虎彦の真骨頂だ。

 作品は例えば『夢』東京の女子専門学校に入っていた女性が、
東京で知り合った青年と結婚したいと思うようなところまで行
ったが、四国の田舎に呼び返され、親の言いつけで結婚する。
婚前からそうだったが、子供が二人できてもあの青年への思いが
断ち切れない。夢を見る。その夢を通して愛情を細やかに描く。
やはりうわべでない、真の巧者を感じさせる。

 『春愁』は京都に生まれ、京都の女子専門学校に入学した少女
が、京都の大学の仏文、フランス文学科を出たフランス文学者の
ところにフランス語を習いに友達と一緒に通う。友達は男性であ
り、二人は恋愛に、それを知った父親が二人を割いてしまう。で、
戦争を挟んで十数年、それぞれの運命を生きる。少女は戦後、東
京で幼い子供をかかえて酒屋で働く女になっていた。男は京都の
宮川町で女と同棲していたが戦後は東京でうらぶれていた。玉川
上水の桜並木で二人は偶然、顔を合わせた。だがそのまま別れて
いった。

 その他に『雪の夜の話』戦時下、南方に行く輸送船が魚雷攻撃
で沈められる。そのとき波間からすくい上げられた少女の運命を
描く。女を救い上げた男は、そのまま南方の戦場に。戦後、帰還
した男は信州の山の中に、昔からあった別荘を住居とし、そこで
絵を描いている。その別荘地帯は冬場は泥棒が入る。ある日、彼
の別荘に侵入した泥棒はあのとき、掬い上げた女だった。・・・
男は女を更生させ、別荘の一室を与えた。女は掬い上げてくれた
男だとわかっていく。それを知った女は翌日、自首した、という
、ちょっとこんな偶然はあり得ず、古風すぎる、ちょっと創作と
云う点で慰問を感じる作品だ。

 だが、いつもながら田宮虎彦の作品は切ない、さらりと描いた
『花小金井から』が佳作だろうか。単純だが、感傷を洗い流して
いる。

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