子母澤寛『鴨川物語』、新選組への限りない愛情、愛惜
幕末から維新の激動期、いずれの側かはさておいて、その
時代に生きた青年たちを描いた歴史小説は数多い。その中の
子母沢寛の『鴨川物語』だが、質的に非常に密度が高い、とで
もいうのか、いまや、あまり読まれない(と思える)子母沢寛だ
が、座頭市だけではない、その文学的標高は高い。
子母沢寛は『新選組始末記』これは1963年、テレビでドラマ
化され一年間、続いたと思うが、それほどに新選組への入れ込
みは、実にすさまじいものがある。1928年の『新選組始末記』
は刊行され、その後も新選組にまつわる作品を発表している。
『鴨川物語』はその生涯の総決算的な意味を持つ。
この歴史小説は京の鴨川の三条河原で兄弟で店を張っている
、評判の高い三人髪結いの話から始まっている。弥吉、弥之助
、弥三郎のうち、兄の弥吉は幕府につき、末弟の弥三郎は勤王
方、それぞれ髪結をしながら情報を入手、流している。
この付近の河原では毎晩、人が殺されている。幕府方の役人、
目明し、双方の調停を図る実力者、学者、公家、また実力者の
妾だった老女など、罪状を書いた捨札とともに晒し首にされた。
諸国から京に集った勤王の武士たちが行ったテロだった。土
佐の岡田以蔵、薩摩の田中新兵衛、長州の寺島忠三郎、肥後の
川上玄斎など、血に飢えたような辻切り、人斬りが横行し、京
の人たちを恐怖に陥れた。
幕府もこの状況を放置できず、江戸の浪士隊を派遣したが、大
半は寝返った。だが残ったものが近藤勇、芹沢鴨、土方歳三を中
心にし、松平容保守護職直属の新選組が結成された。新選組の出
現により、勤王の刺客たちの活動は困難となって京の治安はまず
回復した。
長州の桂小五郎、井上聞多、伊藤俊輔、高杉晋作、品川弥二郎、
山県、久坂玄瑞、土佐の後藤象二郎、坂本龍馬、薩摩の西郷吉之
助、佐賀の大隈八太郎などの後世に残る若者たちは厳重な警戒の
中で暗躍し、討幕を、攘夷の謀議にふけった。島原、祇園の女た
ちをわが物ともした。
これは新選組とて同じで、近藤勇ら隊員たちは金が入ると妓楼
で遊び、美女たちを自分の女とした。新選組の内部はまた複雑で、
芹沢鴨などの乱行に手を焼いた近藤勇、土方はかれらを粛清する。
幕府のスパイ役だった遊女を勤王派が輪姦し、丸坊主にするなど
したら、新選組はかかわった男たちを暗殺していった。
勤王、佐幕派もお互い様だが、血を血で洗うテロの応酬、その
荒んだ心情を紛らわそうと酒に溺れ、女色にふけった。作者の
絶妙の語り口でその変革期の残虐な事態を物語る。その語り口が
また自由奔放で、時間の倒錯は意に介さない。しかし京の男女が
江戸の言葉、江戸弁で語るのはいただけない。
末尾に作者は近藤勇の愛人だったという老女を訪れ、雨の降る
夜、話を聞く。どうも本音は新選組への限りない同情、愛情があ
るようだ。
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