自民党の総裁イコール首相、というバカバカしさ、民意の反映なき茶番劇
本当に恥ずかしい話というのか、恥ずかしい制度だが、誰も
これを変革しようとは云わない。メディアを見渡しても一言も
見当たらない。それは与党第一党の自民党のトップ、総裁が即
、一国の首相となるという、どこにも国民の意思が反映されない、
窮極の非民主制という、別にそれが法律に規定されてはいないが、
現実、そうなるしかない、というあまりの惰性的退廃の腐った、
「制度」だ。その「総裁選出」のいやらしいい実態を、批判も一
切なく例によって「大報道」を繰り返すメディアだが、現実、こ
れを変革しようとすれば中曽根康弘さんが著書で提唱の「首相公
選制」か、もっとも根源的な「議院内閣制」を「大統領制」に変
え、三権分立の徹底を図るという真の意味の大改革がなされなけ
ればならない、・・・・・がそんな当然過ぎる、としか云えない
意見もネットの意向でもほとんど見ない。「議院内閣制」は「君
主制」と一体の、穏健で好ましい民主制度?という美化がなされ
続け、その弊害がまもとに論じられたこともほぼない。
とにかく、現実、一国の首相は自民党という一つの政党内の茶番
劇に終始するという、いつもどおりの醜態を、またメディアが例に
よっての大報道というべきか、「そうなるしかないのだから仕方が
ない」と云われても、最低限、首相公選制くらいは着実に制度化に
向けて努力されるべきと思うが、現実は人類に終焉が来るまで変わ
りようがない、というのでは、この国に生きる悲歎に苛まれようと
いうものだ。
現状では日本の政治に関心を持つ意味も、必要にしても、肝心の
民意の反映が徹底して無視されているのだから、意味はないような
ものだろう。
日本で生きるには、せいぜい地方政治に関心を持つ、それもアホ
らしい面が多いのだが、それが限界だろうか。国政選挙はそれによ
って民意が政治に活かされる、という性格は皆無で、「選挙の洗礼
を形式的に受けたから、何をやろうが勝手」と言うに等しく、これ
では国政選挙などやらない方が遥かにマシ、というしかない。どこ
が公民の権利だろうか、制度自体が腐敗しているわけであるから、
メディアのバカ騒ぎに精々、乗せられないよう、着実な自分の生活
を歩むしかない、ということだろう。
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