伊藤整『感傷夫人』1956、用心深く綿密な構成、読後何も残らないような作品だ

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 伊藤整の現代小説だが知名度の低い作品である。今では当た
り前以前の「職業婦人」キャリアウーマンだが、まだこの作品
の頃は珍しいとも云えないが、多少は希少だったのだろうか。

 亡き夫への感傷に生きる美しい未亡人、藤崎妙子。才気煥発
な有能なキャリアウーマンの立松正子、二人は女子大の同級生
であった。

 妙子の亡くなった夫、藤崎三郎の親友で、三流新聞への映画
コラムで生活費を得ながら美術史を専攻している秋山豊は、三
郎が元気だった頃から密かに妙子を愛していた。

 三郎亡き後、周囲はこの二人は結婚するのは当然と考えてい
たが、それは妙子の父親の願いでもあった。だが春先の雪の夜、
秋山は立松正子と銀座でビールを飲み、その鋭い知性的な会話
に惹かれ、戯れで一夜をともにする。

 立松正子はある商社のタイピストであった。同僚たちは彼女
に一目置いていた。近寄りがたい女性として扱われていた。秋
山はそんな女性は、その場の満足だけで男性に接するという伝
説を信じていた。だがそれは錯覚で、彼女にしたら秋山が最初
の男性だった。彼女はそれを打ち明け、前々から秋山を愛して
いたと云うことを認めてもらおうという衝動に駆られる。だが
性格的にそれは出来なかった。自分のような、きつい女を秋山
が愛せるはずはない、と。秋山の愛するのは妙子さんに決まっ
ている、その思いが秋山への彼女の心を閉ざした。

 ・・・・・・このような女性を設定し、伊藤整は思うままに、
非常にエロチックにその小説の構成した。力作だと思うが、だ
が綿密によく計算しているとは思うが、この種の伊藤製の作品
は私はどうもとうてい、好みではない。『氾濫』もこの頃の作
品という気がする。全ては作者の計算通り、登場人物は見事に
その枠に収まっている、伊藤整は基本、陰気な性格だが、その
陰気さはよく出ている。それは伊藤整の現代小説全てに妥当す
ることであろう。それを私は「暗い素質」と云いたい。

 『若き詩人の肖像』に出てくる恋人、本名、根上シゲル、女性
らしくない名前だが戦後、伊藤整は再会を果たした。『若い詩人
の肖像』」は1955年、昭和30年に中央公論に連載され、伊藤整は
1957年、昭和32年、根上シゲル、作品中の重田根見子と再会した。
吉祥寺のバーのカウンターでである。伊藤整は感涙の涙を流し続け
た。生まれた息子に「シゲル」から「滋」という名前さえつけてい
る。

 チャタレイ裁判などで振り回され、一段落、文壇に確固たる地位
を築いて初恋の女性と再会、伊藤整は感涙にむせんだ。久我山には
新居を建てた。

 この作品、綿密で構成は寸分のスキもないかもしれない。

 作家の伊藤整は非常に用心深い人間だった。旅先でホテル
に宿泊する際は、必ず「細ひも」を脱出のために用意してい
たという。その用心深さが作品の綿密なプロットを生んだ、
結果、失敗作もあるが、基本、失敗の少ない作家だった。評
論をかずおおく書いたのは、それでないと小説の欠けた部分
を補えないと思ったようだ。自分はしょせんは大作家ではな
いという自覚だったのか。

 その狭間でのこの作品だ、力作で得意の心理分析を手際を誇るよ
うな風情だが、・・・・・・正直、読んで何も残らない作品という
のが私の感想である。

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