村上元三『加賀騒動』1951,新装版光文社文庫、大槻伝蔵善人説、その人間を描こうとして描けず

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 現在は光文社文庫でバリバリの新装版で出ており、また電子
書籍、Kindleでも販売されてる。村上元三さん41歳の作品であ
る。戦前、昭和15年、1940年に「上総風土記」で直木賞を受賞
されている。

 伝説的な「加賀騒動」では、大槻伝蔵は、加賀の殿様、前田
吉徳の妾のお貞と結託し、主人や他の妾の子をすべて殺害し、
お貞の子供を加賀百万石の後継ぎにしようという大悪党である。
作者はこの伝説を否定し、覆し、大槻伝蔵をすぐれた手腕の持
ち主とし、吉徳にその器量を認められ、茶坊主から3800石の重
臣に出世するという、異常なまでの立身出世を遂げ、吉徳の信
頼を一身に集め、藩政にその意見が重きをなすに至ったが、藩
の年寄、前田土佐に憎まれた。大槻伝蔵が吉徳のために励めば
励むほど、彼は前田土佐に憎まれた。

 かくて吉徳が病死したとき、その跡を継いだ前田宗辰を手中
にした土佐により、大槻伝蔵は冤罪をこうむる。流刑処分とさ
れた。そこで自害して生涯を閉じた、・・・・・・というのが
作者、村上元三の新しいい解釈だった。
 
 タイトルは「加賀騒動」でも内容に御家騒動がさっぱり出て
来ないのだ。出てくるのは少し間が抜けて偏狭な前田土佐とい
う男の大槻伝蔵への憎しみ、嫉妬だけである。それほど、この
小説は大槻伝蔵とは正直なただただ忠勤な、そしてちょっと気
弱な人物として描かれている。ではなぜ、大槻伝蔵がそれほど
人から憎まれるのか、その本当の所、理由がさっぱり分からな
い。立身出世の早い者は、人から憎まれると割り切ればそうか
もしれないが、それでは小説になるまい。

 善意で手腕に優れた人物が仕える主人に信頼され、重く用い
られる。それだけで人から憎まれる。そして自分の過失でもな
いことで、自分を滅ぼさねばなくなる。これはたしかに悲劇だ、
作者はこの悲劇を書きたかった。

 でもこの悲劇が小説となるためには、大槻伝蔵がかくも憎れ、
藩全体を敵に回すことになったのか、それが必然化されるよう
に納得行くように書かれるべきだろう。だがこの点で村上元三
さんは破綻している。とにかく最初から大槻伝蔵は憎まれる存
在であり、前田土佐はその憎み役ということなのだ。かくて
大槻伝蔵は身を滅びすは羽目になる。これでは大槻伝蔵も前田
土佐も単に作者の傀儡となりはしいか、である。

 だがそれはそれで、小説として面白く構成する、という点で
流石に村上元三さんの筆致は見事そのもので、大槻伝蔵と四人
の女との関係描写もうまい。だがそれは話の面白さであって、
文学としての小説の面白さではないだろう。この小説で大槻伝
蔵という人間を描こうとし、大衆小説に新境地を開こうとした
が、結果はどこまでも大衆小説に終わったというべき。

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