私の「年の残り」、あゝ、人生はどこまで行っても迷いと悩み


 私の子供時代、今の私くらいの年齢の男ってえらく老けて
いたように思う。だいたい、教員の定年60歳当時、それより
かなりまえの教員、また校長もえらく老けていた、校長など
60歳前、まだ子供みたいなもの?くらいの年齢であるにも関
わらず初老をはるかに超えていた。まあ、キャリアを全うし、
退職金も受取り、年金も満額以上、で相応以上に老けてだろ
うが、私など、無い無い尽くし、で愚行の挙げ句、やっと混
沌を抜け出ようか、というくらい。極端に云うなら、やっと
人生が、始まる、といえようか。

 もう「年の残り」という年齢の私で、そのタイトルの丸谷才
一の小説、多分、芥川賞受賞と思う「年の残り」男性三人の晩
年の愚行を描いたものだ。愚行とも決めつけられないが、最初
は井原西鶴のように忙しない歳末の様子を描いていると思って
いたら、「年の残り」とは要は晩年の生き方、心の在りようを
描いたものであった。正直、いい作品とは思えない。

 私は若い年齢から持病のため、「一日一生」の気持ちで生きて
来ざるを得なかった。だから加齢を重ね、「年残り」的な年令に
なっても若い時代からの「一日一生」の断崖絶壁の心境からすれ
ば、さしたる脅威でもなんでもないが、あいもかわらぬ人間愚に
翻弄される自分にあきれるとともに、何歳になろうとも逃れられ
ない、過去の苦渋である。加齢すれば過去の著しい苦い記憶から
免れるのかと思いきや、たかが人の人生の長さくらいで過去を忘
れるなどあり得ないと分かった。


 百歳、100歳を人は非常な長寿と思ってしまう、無論、それは
まず普通は生きられないが、祖母は100歳で亡くなった。死の前
、しみじみ「人生は瞬間だった、何にも出来なかった」と歎いた
ものだ。まずそうだろう、だから、・・・・・どうした、である。
どうにもならない、生きるもののさが、である。

 昔から、あれほど悩んだのだから、さすがに「年の残り」的に
なれば、多少は悩まない、それは事実だが、逆に苦渋が積み重な
るから、こころは容易に晴れないということである。

 丸谷才一の「年の残り」はどうであったか?

 69歳の、たかが69歳の男たちを「年の残り」のターゲットとして
いる。

  さて、69歳になった病院長。これがどうも主人公で、中学
の、旧制中学だが、その同級生脱が銀座の有名な洋菓子店の主人
、社長、同じく中学同級生で私立女子大の前学長だったという英
文学者らとの旧友との交友を回想する構成だ。

 まあ、69歳という年齢を非常に年寄り扱いしている感じで、ま
あ当時がそうだったのだろうが、だが今でも免許更新でやたら、
もう返納しろとか、とにかく年寄り扱いする日本だ。

 さて、回想のきっかけは、洋菓子店の主人が猟犬を射殺し、
さらに自分も猟銃で自殺を遂げた、という突発的事件である。
その葬式に参列し、病院長は喫茶で前某女子大学学長と自殺し
た洋菓子屋の主人を語り合う、ということで展開する。

 その展開で69歳まで生きた三人の中学同級生が、その生涯で
遭遇した様々な災難、危機を病院長の立場で回想している、と
いうのだ。昭和18年に洋菓子屋主人の妻が肋膜炎を患ったとか、
昭和4年、1929年の夏、イギリスから帰国間もない英文学者らと
ビールを飲み交わして話し合ったとか、いろいろ思い出していく。

 S&G、サイモンとガーファンクルに「OLD FRIENFD」という
歌がある、70歳になる心情を歌ったものだ。・・・・でもそんな
年寄りなのかな、90過ぎたわけでもないのと思ってしまうが、大
正14年、1925年生まれの作者、丸谷才一はこのとき、43歳だ。
なぜこんな小説を書こうと思ったのだろうか、全然、高齢になっ
ての回想の真実味も哀感もないように見受けられる。拙劣なフケ
づくりである。

 だが面白いのは洋菓子店主人の自殺の理由で、二人の妾、フル
い言い方だが、妾を囲っていた洋菓子店主人は画才が若い頃から
あって、セックスの後、女の肢体をスケッチするのが生きがいで
あったが、男性機能の低下でそれもなし得ず、画才への失望と重
なって猟犬を殺して自分も自殺、・・・・・と病院長は推定だが、
小説とは云え、アホらしいの一語に尽きるお話であり、これは本
当にひどい。

 前の学長は主人の自殺をヒロイックと賞賛、だが前学長もその
昔、妻に自殺され、その負い目から長く解放されないという。病
院長は美貌、頭脳優れた二人の女性から頭脳本位で選択したのに、
馬鹿な子供が出来てその子が病死するとか、・・・・・それぞれ
癒しがたい傷を背負っていきている?

 だが作者のこの設定があまりに稚拙、拙劣で正直笑ってしまう。

 あゝ、「年の残り」とはどこまでも歳末の話でなければならな
い。この老年回想小説はあまりに不自然と拙劣な設定ばかりが目
立つ、これで受賞は疑問である。もう昔のことだが。

 

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