円地文子『仮面世界』印象的なラストが作品に味わいを深める。小説巧者ぶりが顕著
円地文子の小説は現実、あまり読まれているとは思えないが、
実に小説巧者である。またその、めくるめく雰囲気の作り方が
すさまじい。
「沼波千寿先生のことを話せとおっしゃるのでございますか。
それは一体どういう意味でございましょう。はい、私はたしか
に沼波先生の師事しておりました・・・・・・」
と語りだすのが、今藤流の踊りの女師匠。沼波千寿というの
は、東山流能楽の大家なのだが、戦時下の疎開先の縁で、仕舞
や謡曲の指南を受けて以来、つねに近くにあり、その生活の隅
々まで知っていた。自分の顔に劣等感を覚えていたその芸と、
妻の死後、彼を囲む女たちへの微妙な反応とは、表裏一体の感
があった。
寄り集まってくる、自惚れに満ちた女たちを適当にあしらい、
それによって自分の芸に生彩をもたらす辺りは、さすがは芸に
生きる大家であった。
ところがである、病んで床についてから、家族や世間が、まっ
たく夢にも知らなかった秘密の女性が登場して来て、皆を驚かせ
る。そればかりか、話し手の女師匠の自信も打ち砕く。十数年も
一人の若い女を囲い、それを秘密とするために、慕って周りに集
まる女性たちを利用していたことが判明する。ついには囲われて
いた女も、実は騙されていたとさえ思えてくる。
最後は語り手の女師匠や、まんまと騙された女たちが、イタコ
のような口寄せの婆に依頼し、故人の霊と対話するところで終わ
る。女たちから恨みつらみをいわれた霊が、照れながら「私の晩
年の舞台が生きた女なしで務まるとでも思っておいででしょうか。
当たり前というものでしょう」とぬけぬけと語る。
その瞬間、故人への愛惜がふっと消えて、なにか滑稽に思えて
笑いそうになるというのである。
このラストが実に効いている。円地文子は油断がならない、ま
さに小説巧者である。実に味わい深い残照が作品全体に響くよう
だ。
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