壺井栄『私の花物語』1955,37種類の花を手がかりに37の話、人生の厳しい陰惨な断面を甘い香りで包む


 壺井栄1899~1967,享年67歳で東京中野区で死去、戦後『
二十四の瞳』を発表、松竹で木下恵介監督のもと高峰秀子主演
で映画化され、歴史的な空前のヒットとなった。その、直後
と云っていい時期に発表された作品である。「花物語」といえ
ば、まず普通、吉屋信子を思い出すだろう。「私の花物語」と
は、「花物語なら吉屋信子さんでしょうが、私の場合」くらい
なニュアンスだろう。

 37種類の花が取り上げられ、それを手がかりに37の短編であ
る。さくら、雪割草、白梅、春蘭・・・・・などは知られてい
る花だが、「へびのだいはち」とか「ままこのしりぬぐい」と
云うと、そもそも名前自体を知らない人が多いだろう。

 「花物語」は少女作家というスタートを切った吉屋信子の著
名な作品であり、それゆえに何か、非常にロマン的な、甘い話
をつい連想するだろうが、この作品は全然そういうものではな
い。花は花だが、その中に出てくる話は実にエグい、生々しい
話ばかりなのだ。人生の断面である。例えば「春蘭」では、著
者が通りすがりの花屋で春蘭の鉢植えをも点けた。そこで著者
の想起したものは、自分の母親がいつも重度のアカギレの悩ん
で春蘭の球根を潰して米粒と一緒に練って、アカギレの切れ目
に入れて薬としていたこと。

 ダウンロード (42).jfif

 子供の頃、道端で「おみこしばな」と呼ばれていた曼珠沙華
を見つけたが、せっかく最初に自分が見つけたのに、友達たち
が我先にと花を採ってしまい、自分だけが花をゲットできず、
涙を浮かべるという苦渋な辛い話「花かんざし」

 ダウンロード (43).jfif

 「白梅」といえば気品があって上品そうだが、著者の姪が、グ
レた甥に金をせびられ、おまけに、預かり物の網かけのセーター
までも盗まれ、血の涙を流すという話である。

 「さくら」は恋人がいたのに、家のために心にも無い結婚を
させられた友達が、さくらの花の下で素っ裸で歩いて、はては
大の字になって寝てしまったという亭主の醜態に愛想を尽かし、
家出をする話。

 いずれも手厳しい苦渋極まる人生の断面である。そのまま話と
して出すと、暗すぎるし単純すぎるからコントにもならないよう
な材料である。

 images (13).jfif

 「へびのだいはち」という草の実を口にいれると、辛くて刺激が
強く、口が腫れ上がる。その草が植えてある信州の山の中の小さな
温泉場で幼い二人の兄弟が、一年おいて同じように口を腫らしたか
ら、その草を根本から切り取ったという話である。どうも治安維持
法で捕らわれ、拷問され、あやくつ耳が聞こえなくなりそうになっ
たという闘士の話、

 短編小説でもなく、実に苦渋な陰惨な聞いた話の数々だが随想に
もなり得ず、花への連想で読者にも受け入れられるようとの意図的
な調理された短編といえる。だがその内容は下手な社会小説を上回
る過酷で陰惨なものだ。人生は甘くない、つらいことが多い、それ
を大上段に構えず、すなり読者に伝える、・・・・・・ということ
だろうか。やはり巧者の壺井栄さんである。

この記事へのコメント