佐多稲子『渓流』1964,戦後の日本共産党の大混乱,共産党に未練たらたらの作者がよくわかる

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 終戦後の日本共産党の動きは大混乱を極めた、国政選挙で
の共産党の「倍々ゲーム」現象しか知らないという年代の人、
「倍々ゲーム」」自体がすでに半世紀ほど前なのだから、「
倍々ゲーム」しか知らない人だって結構な高齢化している。
だが日本共産党を語る際に重要なのは昭和20年代の大混乱で
ある。この点、萩原遼さん『北朝鮮に消えた友と私の物語』
を読んで頂ければその終戦後、昭和20年代の「日本共産党
事情」をよく理解できると思う。血のメーデー、火炎瓶闘争、
在日と北朝鮮との深すぎる関わり、などだ。

 で、戦前、プロレタリア作家だった、また共産党に入党、
1964年、この小説発表の年に共産党除名だから戦後も長く
日本共産党員だったわけだ。共産党との絡みを描いた作品が
多い。

 この『渓流』、小説家で共産党員の安川友江を中心に、よ
く働く継母のおせい、病弱な長女ちかえ、また長男の謙作は
アメリカの軍事裁判にかけられ、いまは映画の制作に情熱を
注いでいる。次女かおるはバレエを生涯の道に選び、その稽
古に励む。ご人家族である。

 その家族を友江の視点から捉えた結構な長編と一応は云え
る。

 そこで家族のそれぞれの事情が描かれるが、読む側からすれ
ば煩わしい。長女の「ちかえ」は結婚し、一人の男児を生んだ
が実家に身を寄せ、療養をしている。謙作には女子大生の恋人
がいる。かおるは愛情を持っている男の最近の心模様にイラ
つく。一家を支える友江は、これらの家族の諸事情に細かく
配慮する。同時に作家として、共産党員としての自分の生き
甲斐を追求する。

 そこで昭和20年代の戦後のドサクサ、経済混乱、在日の政治
状況も交えて共産党は混乱、分裂状態。友江は反主流の立場だ
から激しい攻撃にさらされ、挙げ句に除名される。背景には
無謀な火炎瓶闘争、血のメーデー、山村工作隊、党中央委員の
潜行、と一連の事件が続く。だから、家族の事情を描いただけ
ではなく、日本共産党の問題が家庭の内外に大きな波紋と広が
りを見せてくる。友江の属する婦人団体、文学団体にも深刻な
影響を与える。

 この日本共産党の行う立て続けの愚行が読者には、通常の読
者にはまず理解できにくい。かなり歴史の関心、知識がある読
者には興味深いものだろうが、「共産党なんかどうでもええ」
という人にはちょっと、友江がアメリカ大使館から毎月2万円
もらっている、などというデマが党本部から流れる。また党に
復帰の文書さえ書かされる。間もなく、一切そんなものは不要
で復帰がかなうというのだ。ちょっと、この作者はおかしい、
と読者は思うだろう。

 現実の佐多稲子の葛藤が書かせた小説だろうが、発表の年に
佐多稲子は除名されてしまうのだから笑うしかない。ちょっと
不見識な作品であろう。

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