ステリマフ『人の血は水ならず』1961,ロシア革命後のウクライナ農民の大地への執着
ロシア民族とウクライナ民族は近縁関係にあり、いわば兄弟
国だがその民族性、気風は大いに異なる。それは長く問題を生
みだした。
ロシア革命の直後、ウクライナは赤軍、デニーキンの白軍、
ウランゲリの自衛軍、ペトリューランの人民共和国政府軍な
どで複雑な戦いが演じられていた。そこに連合国軍が干渉し、
そのような四分五裂の状態で明日をもしれぬ混乱の時代を背景
に、ソビエト共産政権による土地配分がウクライナ農民層に惹
き起こした深刻な葛藤、ソビエトへの反発をテーマとしている。
その葛藤は結局は今に至るまで長く続き、紛争の原因をなして
いる。
1920年の秋、ブグ河沿岸のポーランド国境に近い一寒村では
、貧農委員会により土地の配分が行われようとしていた。ミロ
シニチェンコとゴリツビートが中心人物で、二人は農民に希望
を与えるが、富農層からは憎悪の的となる。貧農たちの中でも
、富農の報復を怖れて判断を留保する者もおり、村は反革命軍
の襲撃に怯えていた。
この本筋に絡み、以前は村の神童とされて教師になったが、
外敵や共産主義に脅かされているウクライナの運命を気遣い、
民族主義的傾向の強いペトリューラの人民政府軍に加わり、し
だいにその内部の退廃に絶望し、脱走し、赤軍に帰順するイン
テリ中尉、ダニロ・ピドプリゴラの姿が描かれる。
だがこの小説の真の主人公は、ウクライナ農民の「土地」の
抜きがたい執着、それはまた本能的なものである、非合理的感
情ゆえに共産主義ドグマと容易に融和するはずはない。「大地」
と「血」だといえる。
ステリマフの文章が最も精彩を放つのは、ウクライナの自然描
写である。特に夜の大気に包まれたウクライナの村や森の佇まい
は見事ともわせる。戦争の描写も凡庸ではなく、ミロシニチェン
コの二人の愛児が反革命軍に殺害されるところや、チモーフィイ
がブグ河で射殺される場面など、トルストイの伝統を継ぐロシア
文学の本流と思わせる。
だが最も重要なテーマ、ウクライナ農民の「大地」と「血」、
共産主義ドグマとの対立の帰着点はソビエト政権の与えた策以上
のものは何ら述べていない。さりとてソビエトの政治宣伝文学で
もなく、別に社会主義リアリズムでもない。古風である。
ロシア革命とそれに馴染めぬウクライナ、これはずっと長く続
いた。現在に至っているともいえる。ロシア要素とウクライナの
民族性がマッチしないのだ。重いテーマだ。
この記事へのコメント