サヴィンコフ『テロリスト群像』(岩波、現代思潮社)戦慄のセルゲイ大公暗殺事件、カミュの戯曲の原典にも、もはや古典中の古典

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 この本は「一テロリストの回想」というタイトルで1926年
に刊行されている。著者のサヴィンコフがロープシンのペン
ネームで書いた小説「青ざめたる馬」は1924年に青野季吉の
翻訳で日本に紹介されていた・これは青野季吉と同じ早稲田
露文の五木寛之の出世作のタイトルに影響を与えてもいるが、
若き日の平林たい子などに実に大きな影響を与えていたので
ある。これはよく知られている話であるが。

 また1946年12月に大佛次郎が「詩人」という創作集を出し
ているが、その収める作品の「詩人」は1905年のセルゲイ
大公暗殺の実行者、カリャーエフを「地霊」はアーゼフを、
それぞれ主人公としていて、このサヴィンコフの著書にほぼ
依拠していることは明らかである。カリャーエフを描いた「
詩人」は「テロリスト群像」の引き写しでしかない。それほ
ど、とにかく影響を与えた本なのである。そんな引き写しで
作品化が可能だったのは日本で翻訳が出版されていなかった
からである。
 
 本書は日本での翻訳刊行が戦後、しまも1967年、現代思潮
社からなったとはいえ、「蒼ざめたる馬」の翻訳や大佛の「詩
人」、「地霊」などの作品で実は知られていた、と言えないこ
ともない。実は片手に爆裂弾を抱いて目標人物に投げつける烈
女、ロシア虚無党員を描く宮崎夢柳「虚無党実伝記鬼啾啾」の
テロリズムと共通のものがあるといえる。無論、出版時期から
サヴィコフの影響は受けていないが。

 本書は1903年に社会革命党、エスエル傘下のテロリスト団に
入ったサヴィンコフ自身の体験を中心として、プレーヴェ暗殺
やセルゲイ大公暗殺においける団の詳細なあ活動から、1908年
に団の最高指導者でエスエル中央委員でもあったアゼーフのス
パイ暴露にいかるまでの奇怪な経緯と顛末を描いている。ドス
トエフスキーの「悪霊」さながらというよりそれ以上、ロシア
的悪魔のドラマが浮かんでくる。

 中でもやはり驚歎すべき内容はセルゲイ大公の暗殺における
カリャーエフの実に哀愁を極める人間描写とアゼーフへの査問
である。大佛次郎はここから前述の二作品を書いたが、訳者の
川崎も述べているようにカリャーエフを主人公とした戯曲では
カミュの「正義の人々」五幕がある。

 カミュの「正義の人々」は1949年12月に初演されたが、その
内容はほぼ全てサヴィンコフのこの「テロリスト群像」に依っ
ている。なぜカミュがカリャーエフを主人公とした戯曲を、引き
写し的内容でも書いたのかと云えばその論文的な著作「反抗的人
間」の中の第三部「個人主義テロリズム」で書きつくされている。

 また二重スパイのアゼーフについてはロマン・グーリの長編
「アゼーフ」でその奇怪複雑な事態が明らかにされている。

 多くのそれら著作の原典はまさしくこのサヴィンコフの「テ
ロリスト群像」であり、まさしく古典中の古典というほかない。

 

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