アンドレ・モーロワ『プルーストを求めて』筑摩書房, 最良のプルーストの評伝、『失われたときを求めて』理解のための必読書

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 アンドレ・モーロワは「モロワ」とも表記される日本人にも
よく知られているフランスの評論家、伝記作家、歴史家である。
そのモーロワによるプルーストの評論だが、翻訳は最初新潮社
から『マルセル・プルーストを求めて』という「マルセル」付
きのタイトルで上下二巻で刊行されている。その後、かなり経
て筑摩書房から『プルーストについて』というタイトルで出て
いえる。これは一巻である。

 モーロワがプルースト、いかにもマッチングは良さそうだが、
実はモーロワ夫人はあのマルセル・プルーストの幼なじみにし
て終生の友達であった「ガストン・ド・カイヤヴェ夫人」の娘
であった。プルーストの作品の最後に出てくるサン・ルー嬢の
モデルとされている。彼女をモーロワに結びつけたのも、プルー
ストの作品が機縁であったことは、モーロワの『自伝』に詳し
く述べられている。

 したがってモーロワはプルーストの伝記作者としては最も適
任ということであり、この評伝の完成にも既刊のあらゆる文献、
資料を渉猟し、プルーストの姪が保管していた未発表の『手帳』
や『ノート』』や両親宛の手紙をも調査し、さらにプルースト
の友人たちを訪問してその貴重な回想の証言を獲得している。
このモーロワにゆおる評伝こそが、すべてのプルースト評伝、
伝記の中で最も詳細で貴重な内容を含んでいる。しかも正確さ
も群を抜く。
 
 したがって大冊であり、だから最初の翻訳は上下二巻となっ
たが原書は一巻である。便宜上、前半、後半と分けてみると、
前半はプルーストの少年時代から文学へ没入し始めた時期、す
なわち1906年から1912年に至るまでが、そのおびただしい手紙
を徹底的に読み抜いてこれを縦横無尽に利用し、このプルース
トという作家の知的発展が綿密に辿られている。

 日本人がプルーストの『失われた時を求めて』で、しっくり
こないのは、フランス社交界というものが日本人にあまりに
無縁の世界だということである。文学に没頭するまでのプルー
ストとはフランス社交界の寵児であった。生真面目な人からは
気取り屋と思われていた。

 プルーストは「私は怠惰と快楽の浪費と、病気と、気遣いと
偏執の中に生きたのだった。そして死の前夜になって、自分の
職業ということに何ら関知することなく、自分の作品にとりか
かろうというのであった」と言って、彼は「多くの夜を必要と
するのであろう」長い作品の執筆に取りかかった。

 この小説は2000ページに及ぶ小説であり、その内容はそれま
でのどの小説にも似ていない。主人公はよくわからないが、し
いて云えば「時間」が主人公という、特異な小説だ。後半は、
この小説の詳しい解説がなされている。「主題とテーマ」、「
書物のプラン」、「技法」、「プルーストの哲学」、「愛の情
熱」、「愛する苦悩」、「心情の問題」、「癒えることのない
嫉妬」、「小説における倒錯」、「ユーモア」、「コミックの
テーマ」、「方法と手法」、「怪物」の各節に分けて、この大
作を分析している。複雑な内容を明快に説明している。この本
をプルースト最良の入門書と云うのは適切だ。現実、『失われ
たときを求めて』を読み通せるひとは多くはないだろう。

 後半の最後にはプルーストがこの大作の出版に、あまりの
長編ゆえに死ぬほど苦労したという話、重病に苦しみながら
最後の仕上げに精魂を注ぎ込む悲劇的な晩年、・・・モーロワ
による伝記、評伝は数多いがモーロワが最も敬愛する小説家で
あり、プルーストが生きた社交界はモーロワは熟知していた世
界である。まず一般読者には縁遠すぎる社交界ゆえに、この本
なくしてプルースト、その大作の理解は不可能だろう。

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