不幸の歳月は人生にカウントしなくていい
まず幸福な人生のためには、もちろん時代もあれば民族も
ある。だが、この日本に生れるなら時代はやはり戦後、しか
も昭和20年代末から昭和30年代、さらにいうなら昭和32年ま
でに生まれる年代がいい。あまり終戦直後はよくないし、ま
た昭和30年代といって後半に生まれたら、子供時代が昭和40
年代となってしまう。・・・・・・なぜかと云えば、例えば
だがアニメの『キテレツ大百科』その中、キャラクターの、
万年浪人生の勉三さん、物知りだが、その言葉で「昭和30年
代は日本の子どもたちが一番幸せな時代だったんすよ」、こ
れはコミックにはない、コミックに勉三さんがいたかどうか、
私はこのシナリオを書いた人は偉いと思う。間違いなく、
昭和30年代は日本の子どもたちが一番幸せな時代だった。ま
だ自然は残って図鑑に載っているような昆虫はちょっと市街
地から離れたらいくらでもいた。まだ高度経済成長による自
然破壊の進行はさほどでなかった。まして田舎は、である。
ともかくまだ昭和30年代前半には「めだかの学校」が存在
していた。幼い頃、メインの商店街通りも未舗装で水たまり
には最近は稀有でまず見ない、「アメンボウ」がスイスイと
滑っていたものだ。だから、このような時代、まともな家庭、
まともな両親であれば、別に金持ちとか偉い親という意味で
なく、まずは誠心誠意に毎日働き、一隅を照らすような生活
を営む親、人柄は特段によくなくてもいい、人並みでいい、
・・・・・でありさえすれば、子供はまあ幸福に生きられる。
だがいつの時代も毒親はいる、単に毒親ではなく国宝級の異
常性格、人格の両親が私のケースだった。例えば商売は養鶏
農家に飼料を売る、なら「お金」でもらうはずだろうが、お
金でなく「鶏卵」で、という物々交換を行っていた。だった
ら収支は?そんな商習慣があの土地にあったのかと云えば、も
ちろんなかった。「鶏卵でなくお金で飼料代をもらえ」と助言
する人は多いくたそうだが、それを聞くと発狂寸前だった、と
いうから、宇宙開闢以来というレベル、とにかく、近所の子供
からも私はだからバカにされ続けた。学校でも農家の子どもか
らは「卵買い」と侮蔑された。とにかく並の両親、家庭とは異
次元だったわけで、天真爛漫に生きたごく幼年期を除き、高校
を出るまで、出てからもだがあの親、家庭と生きた生活は、ま
さしく大げさでなく地獄だったというほかない。とうぜんなが
ら、青春もなかったわけである。
あれからかなりの年数は経つが、正直、50年程度の年数は、
全く昨日みたいなものだ。一億年でも生きたら多少は忘れるこ
とは可能かもしれないが、あまりの苦渋は消える道理はない。
とにかく私の前世が悪かったのだろう、その報いがあの両親、
家庭だったわけである。
だから、あの時間、は人生にカウントする必要はない、と考え
るようになった。あの年数を除けば私は若い、むろん、それなり
に老化は避けられない。歯は悪い、が、幾分は?若い外観である。
人生をまず幸福に生きるには、極端にひどすぎる両親、家庭に
生まれないことだが、こればかりは自分の力ではどうしようもな
い。あの不幸にして無意味な期間は人生にカウントしないぞ、と
いう思いだ。あの育った町と距離は遠くないが、もう訪れる気に
はならない。同級生、まあ近所で人柄が良かったのは歯科医のS
君くらいだったなぁ。まあ、ほぼみな、街を離れているが。残留
組は町会議員などに何人もなっている。町議など給料は安いはず
だ。
ともかく、全てはこれから、だろう。何やる?まだ勉強中とい
うことである。2024年も余すところ二週間である。
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