堀田善衛『歴史』1954、第二次大戦後の中国を舞台の小説だが、ルポルタージュ的

堀田善衛は戦後も上海に残留し、国民党の宣伝機関に所属
、、2年間その職務についていたという稀有な体験を持つ。
戦中戦後の中国体験が別に応召などでなく、文化的職務だっ
たのはその後の作家生活の方向性に大きな影響を与えている。
これは書き下ろし長編、力作だ。時代はまず1946年、舞台
は日増しに異常さを増す街頭風景を呈する上海。中国政府の
し達委員会の要員として戦後も留用された龍田という30代の
インテリ男、が中国の学生たち(大富豪の息子もいた)や労働者
、サラリーマンらの一団と知り合いになった。龍田はその一
団を「彼等」と呼ぶが、中国の共産化のために密かに行動し
ている面々だとおいおい判ってくる。
龍田は戦時下で特務機関にいた左林という男を資源調査委
員会の主任から紹介される。彼は戦時中に儲けた莫大な資金
を投資に回し、民間航空会社を作ってアヘンなどの密売でま
た大儲けを企んでいる。左翼から転向という前歴を持つ左林
は、それが新たな日中の親善を図る行為と信じ、龍田に「お
れたちは同じ留用日本人じゃないか、お互いに何をやってい
るか承知してほしい」などと言う。
龍田はかって日中双方の戦争推進者だった者たちが再び連
携して、国際的な資本を利用し、また日中両人民を踏みにじ
ろうとする姿を見て、あの恐るべき惨禍を生んだ戦争を何と
考えているのか、過去の歴史にあの悲劇を葬り去る姿勢に
怒りを禁じ得ない。なんだか繰り返される空恐ろしい歴史の
断面を見る思いだった。だが龍田はもはや「他人の支配し、
設計した時間の上で生かされる」ことを拒否し、「自分自身
が担い、意味を与えうる時間を見出してその上にいきる」こ
とを決心する。そこで「自ら歴史を作ろうとしている」、「
彼等」にますます親近感を感じる。「彼等と一緒にいると、
なんとなく呼吸が身についたものに感じられ、空気が新鮮に
なるように感じられる」と思う。さらに偶然に彼等の秘密の
武器運搬に協力するなど、彼自身もその運動に巻き込まれて
いく、のだ。
急速なテンポで事件は進展し、盛り上がるかのようだが、
様々な事件を併置して描くという手法だが、どうにも奇妙な
不自然さを感じてしまう。左林の国債謀略団の記述は、あま
りにもあらっぽく雑な印象だ。ややなぐり書き的だ。
文学というより忙しいルポルタージュ的な表面をなぞるか
のようで、これでは心余り言葉足りず、心理に踏み込むとこ
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