菊田一夫『君の名は』ラジオドラマ「君の名は」の台本の小説化、人は他人の幸福より不幸に喜ぶという心理に見事につけ込んでいる
今も菊田一夫による小説『君の名は』は現在も出版されて
いるようだ。「テレビドラマの『君の名は』の原作」と紹介
されているが、実は「君の名は」の本当の原作はラジオドラ
マの「君の名は」の台本である。およそ、この世で最も病み
つきになる放送系娯楽は「ラジオドラマ」である。これは私
自身の経験から断言できる。もうラジオなど聞かないから、
ラジオドラマに病みつきもないが、江戸川乱歩の「黄金仮面」
とか横溝正史「悪魔が来りて笛を吹く」のNHKラジオドラマ
は夢中になった。テレビドラマや映画よりはるいかに想像力
を掻き立てられてしまう。
だからその戦後まもなく、ラジオで「君の名は」その放送
時間は女風呂が空になった、と言われるのも当然である。で、
その台本だから「次に興味をつなげる」が最優先となる。そ
の小説化であるから。
昭和20年5月24日から25日の東京へのB29の大空襲、これは
3月10日の下町への東京大空襲に対し、山の手大空襲と呼ばれ
るものだが、その空襲の夜、数寄屋橋の上で若い男女がお互い
の命を助け合う。二人はもし生きていたら半年後の11月24日の
夜の8時にこの橋の上で再会しようと約束する。男は「君の名
は」と聞く。しかし女は娘心の警戒から、再会の約束だけで立
ち去る。
だが発端の設定はからして洋画の「哀愁」のパクリだが、し
かしダンチで「哀愁」が優れているというほかない。
菊田一夫にパクられた映画「哀愁」Wateloo Bridgeのロバー
ト・テーラーとヴィヴィアン・リー
これが「君の名は」のあまりに有名な発端である。NHKラジ
オドラまで始まって、まさしく数限りない人を病みつきにした。
「次に興味をつなぐ」のがラジオドラマには要求されるから、
延々と「すれ違い」が続いいてしまう、「すれ違いメロドラマ」
である。さまざま出来事、事件が起きて二人はなかなか再会でき
ない。でやっと再会できたときは、女は別の男との結婚式の挙げ
る前夜であった、というのが第一部である。第二部ではその結婚
生活が、夫の無理解と横暴さでさっぱりうまくいかず、遂に女は
家から逃げ出して離婚しようとするが、そのときは既に妊娠して
いた、というまでのいきさつが述べられる。
真知子巻きで有名な女性主人公、真知子と彼女を熱愛し、彼女
の幸福だけを願って我が身を省みない男、純情一途な男が後宮春
樹である。それと春樹の姉で戦争未亡人から夜の女に転落する悠
起枝と彼女を慕う男や、元陸軍少将だったというモク拾い、パン
パンとかどれもこれも型通りの人物ばかり。それらの人物は人柄
はいいが、意思は弱く、菊田一夫の作り出す偶然に翻弄され、泣
いたり怒ったり、・・・・・・笑ったりとも云いたいが笑いは全
くない。
要はすべて娯楽一辺倒と次回に興味をつなぐラジオの台本の小
説化だから、もう小説と云って筋を追うのに忙しく、登場人物の
一切の行動が必然性に全く乏しい非文学的なもので、まったく菊
田の娯楽ドラマのためのデコ人形でしかない。
時代が時代だし、人は幸福より人の不幸を見て聞いて喜ぶこと
に菊田一夫は通暁しているから、登場人物の不幸のなり方がまた
極端である。ただただ庶民の紅涙を搾り取るだけがコンセプトの
ようであり、厳しい現実を真剣に見つめるスタンスはまったくな
いようだ。これでは文学とは言い難いし、娯楽小説の域でもない
だろう。
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