地方(大都市部以外)で車なしの生活は不可能で、免許を取り上げられたら死ぬしかない。まずはゴールド免許死守

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 これは現在の日本で最も重要な問題と思える。大都市圏でも
バス路線の廃止、減便は相次いでいる。そもそも業務上過失致
死罪での逮捕予備軍のバス運転手が今まで数多く存在したのが
不思議でならない。転ばぬ先の智慧、平穏に生きるためには
バス運転手は転ばぬ先の杖、で一刻も早くやめ、転職すべきだ
が、ともかくバス路線は消えていく。タクシーもとにかく拾え
ない、少ない。自分の足は自分で確保するしかない。出来なけ
れば足がない、という意味での生活難民、買い物難民になって
大げさでなく死ぬ以外になくなる。国は優生思想に酔いしれて
いるし言論統制も徹底され、国策に従った報道記事しかまず載
らない。ネット記事も紙の新聞も御用マスメディアという点で
は全く変わらない。官僚が「大新聞」に頻繁に「お願い」を行
って、結果は御用記事ばかりで国民に寄り添う視点の記事は載
らないのが日本という国である。

 大都市住民では男性でも運転免許がない、若者でも運転免許
をもっていないというケースはよく見かける。要は必要ないの
である。大都市部、特に東京などでの運転は危険この上ないし、
道も迷いやすい。スーパーにも駐車場がないのだから車は不要
である。実際、車を持たないことの経済的利益は非常に大き
い。いかに車が金食い虫であるかだ。逆に大都市部では歩かな
ければならない。足腰は鍛えられる。人混みで空気も汚れがち
である。地方は車でドアツードアで楽なものだが、これも車、
運転免許があればの話である。車の維持は大きな経済的負担だ。
なくて済むならこんないいことはないが、それは不可能だ。心
がけるべきは、無用な不要不急の走行はやらないこと、ガソリ
ン消費は莫大な税金を取られていることを意味する。タウンユ
ース限定、充電環境があるならEVをリースで乗るのはいい選択
だ。EVは所有すべきではない。中古車としては無価値である。
中国でEVの墓場が出来ていることを想起すべきだ。

 最近、ネットで「地方で車なしで生きられない、は甘えてい
る」という「大都市の若者?」の投稿が議論を巻き起こしたが、
地方で車なしはほぼ生きられない。それに核家族で子どもずっ
と同居なレアケースである。自分しか頼るものはないのである。
誰も助けてくれない、国、東京在住の官僚も生きる妨害をする
ばかりで助けてくれるわけがない。

 ともかく運転免許死守が地方で生きる条件だ。厄介な高齢者
講習の負担もクリアするしかない。免取り講習くらいの覚悟で
受けるべき。だが最重要はゴールド免許死守である。高齢者、
が一度でも違反で検挙されたら技能試験となり、免許返納に通
じる。簡単というが、なれない車、なれないコース、緊張感を
思えば難しい。都道府県で技能試験の合格率は大きな差異があ
り、山梨県は98%合格と高いが、逆に島根県は70%と差がある。
島根県に生きるのは災難と云うべきだろう。40km、50k制限の
道路が現実、圧倒的に多いがとにかく

 速度違反取締りの可能性、危険性がある道路は決して走らない

 ことが何より重要である。渋滞路だけ走っていたら心配はない。
まずスイスイ気持ちよく走れる道路は走らない、こと。知らない
道を走らないこと、遠距離走行しないこと、安全確実な道だけを
慎重に走ることである。なぜなら技能試験は免許喪失に通じるか
らである。また経済的負担を低くするためにガソリン消費を少な
く!無用な走行をしなければいいのである。

 車は地方では命を保つ必須の道具、安易な返納は地方でなく
痴呆から廃人に通じる。ただし事故は絶対やらない、「ペダル
の踏み間違え」でアクセルを踏むことはないが、「不注意」で
「アクセルを踏む」危険は常にある。AT車では即暴走である。
要注意である。

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