上林暁『去年の薔薇』(短編集『翳風詩人』1963収録)脳出血の既往があるとガンにはまらない。

  ダウンロード - 2025-04-05T180311.194.jpg
 1963年、新潮社から刊行された上林暁『諷詠詩人』収録の
一篇である。私小説一直線の生涯だった。だが1962年に二度目
の脳出血、その翌年早々の短編集である。

 その中の『去年の薔薇』、みずからのことを語る。小説家の
堀は還暦になったこと、上林暁は1902年生まれだから1962年に
還暦を迎えたことに或る種の満足感をおぼえている。50歳で軽い
脳出血を患ってm、せめて還暦まではと思って一年刻みで生き延
美的て念願がまずは叶ったのである

 堀はやもめ暮らしを17年続けている。病妻を失って得られた解
放感を失いたくなかったからである。良妻でも悪妻でも、堀のよ
うに自らの身辺に取材しての小説を書き、また寡作な作家には妻
という存在そのものが何かと枷になるからである。堀には多くの
作家が徐々に俗的な作品の傾向をたどるのは、多くにその妻に原
因があるように思われてならない、のである。純度の高い小説の
執筆の邪魔、ということだという。だから妻など持たない方が良
いということ。それは他人が考えるように継母だと虐められると
いう懸念からではない。そもそも堀は子どもには無関心なのだ。
子どもに望みをかけることはなく、どこまでも自分だけに望みを
託している。還暦に到達しても、なお自分自身に望みを託してい
るのだ。

思うに私小説はエゴの産物と私はずっと思ってきたが、まあ志賀
直哉、葛西善蔵を見ても明らかだと思うが、一見、柔和?にさえ
思える上林さんのエゴは相当なものだと感じる。妹さんの睦子さ
んが『兄の左手』で介護に疲れ果て、「お兄さん、もう一緒に死
のうか」と言ったら上林さん「死にたければ一人で死んでくれ、
私は生きていくよ」と返答が。

 友人の作家夫妻がガンで死んでから堀もガンを怖れるが、脳出
血の既往があるものに癌患者はないないのが医学の常識だという。
絶対でもないにせよ。自然はガンと脳出血といういずれ劣らぬ業
病を振り分けて配分する、同時に病むということは滅多にない、
という妙味、自然の妙味には感歎してやまないのである。それを
知ってから堀は色紙に「われ五十を過ぎて自然の妙味に感歎す」
と色紙にかくようになった。自然に意思があるとすれば、自然の
妙味と云わず、自然の慈悲といいたくなる。

 私小説ながら主観的手法でなく、客観的手法に装いを見せてい
る、とはいえ当然ながら私小説である。心境を心境として正面か
ら押し出しているよいうことでそれまでの私小説とはちょっと異
なる。私小説も何か凄みを増してきているような作品だろうか。

この記事へのコメント

纐纈 晃
2025年04月06日 20:38
たしかに脳出血の既往を持ってる人に癌患者は非常に少ないと思う。例えば丸山ワクチンは結核患者に癌発生が少ないという経験から作られました。脳出血になりやすい状況が癌発生を抑制するのか?今後の研究を待ちたい