杉森久英『辻政信』その狡猾で野蛮な性格を厳しく批判。日本人に潜む資質の悪しき典型

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 参議院の身でありながら、ラオスで僧に変装、パテト・ラオ
、フランス軍によって処刑された辻政信。異常である。その生
涯を厳しく批判的に描いている。まんまと戦犯を免れた辻政信
は十分に狙われていたのだが警戒心を失っていたわけである

 幼年学校、士官学校時代は確かに純粋で努力家であった辻政
信である。今も地元には銅像が建っている。国会議員の姿であ
るが。だが関東軍参謀となって満州に来て石原莞爾らの協和会
の理念に賛同したのか、ここで「王道楽土」を建設しようとの
思い上がった考えにとらわれた。この「王道楽土思想」は帝国
陸軍によって推進されたもので、その中心に辻政信はいたのだ。
哲学、思想と無縁、もちろん国家神道の国家主義思想は与えら
れていたが、思想としてぶつかった初めてのものに辻は「幸福
な立場」にいた、と著者の杉森は云う。

 「多くの若者が全く日の当たらない世間の片隅で陰気に生き
て空しく過ごしていたのに対し、辻や他の若い将校たちは、実
際に砲弾が飛び出す大砲や、銃撃、爆撃もできる飛行機をまる
でオモチャのように扱って膨大な軍事予算を背景に、その幼稚
な頭脳に宿ったつまらぬ思想を実地に試すことが許されていた
のだ。それが結果として異常な人間性を生んだとしても不思議
ではない」と言い切っている。厳しい言葉である。

 北陸の寒村に貧農の炭焼きの家に生まれ、電灯は明るすぎる
とランプで勉強した努力一点張りの少年が、幼年学校、陸士、陸
大を優秀な成績で出て陸軍の出世街道をひた走った。参謀として
はいい着眼もあり、人情の機微にも通じてはいたが、とにかく、
その人間が狭すぎた。矮小な人間性であっる。広い視野から真に
物事を見通す精神がまるで欠けていた、それは旧軍人に共通の傾
向だったが辻にはそれが極端に現れていた。独走しがちで孤立し
がちだった。下士官に神のような存在となったが同僚らには吐き
気を催すほどのいやな人間だったという。それが逆に、究極の狭
い視野の辻を英雄に仕立て上げることになった。

 ノモンハンでは無謀な突撃を命じ続け、捕虜となって返された
若い将校には自決を迫ったり、別の将校には温情を示したり、中
国戦線に出征の兵士には「焼くな、殺すな、犯すな」と布告しな
がら、結果は「三光」担ってしまい、フィリピンでは投降したア
メリカ兵の処分、殺害を命じている。このような「暴走戦車」が
あの日本で救国の英雄に仕立て上げられたいきさつを杉森は詳細
に述べている。しかも偏らない視点を維持している。

 結局、辻政信に極端な形で現れた人間性は、実は日本人という
民族に宿っている資質ではないか、と杉森は云う。それが生み出
す社会がその投影にならないはずはないのである。

 海外では戦犯を免れた重大戦犯として付け狙われているのを無
視してひとりで国会議員の身で出かけ、またしても変装を行って
スパイ容疑、実は戦犯で処刑された辻という人物を単に過去の人
物として忘れてはならない、ということであろう。

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