滝井孝作『野趣』1968,「風景小説」というジャンルを提唱する

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 なぜ寡作の瀧井孝作さん、代表作『無限抱擁』くらいしか
普通思い浮かばない。それも実際の熟読なんて人は現実、も
うほとんどいないだろう。だが、それでも滝井孝作さんは端
睨すべからざる作家である。私の印象に残る文章は角川版「
芥川龍之介全集」1968~1969、別巻に「純潔についてという
滝井さんの文章、芥川の『藪の中』についての評論だが、こ
れは鋭いと感じた。その鋭い理由は忘れてしまったが。文学
作品を見抜く目が鋭い、これは感じさせられる人だ。著名な
文芸評論家をこき下ろし、真逆の古木鉄太郎の生き方への絶
賛、さらに特筆すべきは芥川龍之介の作品、非常に世評の高
い『藪の中』より評価の低い『将軍』を遥かに高く評価した
こと。この点は私もまさに納得である。『将軍』の評価は低
すぎる。芥川は反軍、反植民地主義、反戦思想を持っていた。
この点で日本の作家では際立っている。それを承知で『将軍』
を読むべきだ。滝井さんは『藪の中』は非情に飾り気が多い
弱い作品とする。『将軍』は文章の造形も背後の思想も格段に
上にあるとする。芥川のは軍人きらいだった、のである。私は
滝井さんのこの評価はごく当然とも思えるが、やはり非凡なの
だ。

 さて、滝井さんは小説集を滅多に出さない。この1968年に
刊行の『野趣』は1950年に刊行の作品集『郷愁』に次ぐ二冊目
である。いったいこれで「小説家」といえるのかどうか、生活
費は?と考えてしまうが、瀧井孝作さんは紛れもなき、小説家
なのである。この作品集には昭和25年から昭和38年までに執筆
の小説12篇が収録されているのだ。最新作の『野趣』が巻頭に
ある。あとがきによれば、絵画に人物画と風景画があるように、
小説にも自然風景の描写をメインにした風景小説があってもいい
というのが滝井さんの考えである。で収録されている『松島秋色』
、『山の姿』などが風景小説である。

 この二作品だけではなく、人事を描いた小説でも、その背景に
ある自然描写に力が注がれている。『山の姿』の中で、「凝り性
の寡作作家」と自認している。自然の景観に感動し、その感動を
筆に託し、読者に蘇るように文章で風景を表すのも容易なことで
はないが、それを達成しているといえるのではないか。

 また、あとがきだが、滝井さんの小説は、いかにも小説らしい
小説、虚構小説とは異なる、直接体験に基づく写生であり、要は
私小説ということになるが。その私小説も葛西善蔵、太宰治のよ
うな破滅型ではなく、ネガティブではない。そのような風景描写
を主とした『暗夜行路』の最後のように、人事より自然を主とした
風景小説、というジャンルが生まれても不思議ではないだろう。



 

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