谷川健一『魔の系譜』1971、在野の民俗学者として大成した作家の魔界的な「日本民俗学的」文化論

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 日本の地名の研究から在野の日本の民俗学研究者として多大
の業績を挙げ、谷川民俗学と称された、その谷川健一の1971年
の著書である。現在は講談社学術文庫で刊行されている。

 著者、谷川健一によると、日本の歴史を研究するうちに、徐
々にある一つの考えを抱くようになったというのだ。そう、こ
の本の冒頭で述べている。それは封建的!なようだが「死者が
生者を支配している」という現象なのだそうだ。

 「死者が生者を支配する」は欧州では伝統的に、それは死者と
生者の連帯を意味する。キリスト教精神である。だが日本は違う。
祖先とのつながり、という考えもあるが、普遍的な連帯などあり
得ず、云うならば対立関係にあるという。

 まず気楽に読める本ではない。

 谷川健一はこう云うのだ。

 「普遍的な発展の法則にしたがっている日本の歴史の裏側に、
もう一つの奇怪至極な流れがある。それは死者の魔が支配する
歴史だ。それは死者の魔が支配する歴史だ。この死者の魔は老
ゲーテの信じた肯定的なデーモン(地霊)とは違って否定的な魔
である。それは表側の歴史に対しては挑戦し、妨害し、畏怖さ
せ、支配することをあえて辞さない。死者は生者が考えるほど
に、忘れっぽくはないということを知らせるために、ことある
ごとに自己の存在を生者に思い出させようとするのだ」

 その例として、ニ・ニ六事件で処刑された磯辺浅一は刑の執
行前に獄中手記を書き、その中で「雷電激して閃光気味悪し、
遠く近く雷鳴続く、鬼哭啾々たり」と延べ、「余は寺内、石本
等不臣の徒に復讐すべく呪の祈りをなす」

 また「地蔵堂通夜物語」では、佐倉惣五郎は処刑に際し、「
極楽往生に望みなし、念仏供養も頼み致さず」と言い切って、成
仏による死者のやすからかな眠りを断固、拒絶する。怨恨と呪詛
が魔の誕生を促すという。

 著者は死者の否定的な魔の意識が、生者の心を捉え、つき動か
してきた系譜を、はるか遠く、数千年前の先史時代まで遡って確
かめ、それが昭和の現代までにつながることを証明しようとして
いる。

 かくして、そのような魔の系譜が日本人の意識の中で培われた
理由を問うて、日本の社会が百年前まで周期性を重んじる農耕社
会であったことを理由の一つとする。

 で、しの歴史的検証として挙げる素材が、上文司ぢあの蛇体装
飾土器であり、淳仁帝や崇徳上皇の憤死であり、かくれキリシタ
ンのバスチャン信仰、仮面や人形の造形、再生譚の系譜、東北の
飢饉が生んだ体制批判思想、さらに農民運動の犠牲者への追悼だ。

 このような素材、民俗学的な素材の選択も独創性がある。「
日本残酷物語」とか「庶民史料集成」の編纂にたずさわった民俗
学的な関心の強い人だが、それだけに引用参照の史料は広く、安
藤昌益の「自然真営道」とか夢野久作にも及ぶ柳田、折口民俗学
を批判、新たな世界を開いた情熱に満ちている。

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