なぜ森田式精神療法に浸ることで、精神状態の悪化、泥沼を招くのか。「あるがまま」と意識することこそ心の病ではないのか?


 この世に生きることは、さまざまな悩み、心の苦しみに襲わ
れる。その悩みの内容は様々、別に合理的な理由もない無意味
な強迫観念とか思い込み、で悩むケースもあるが、悩むべき現
実の問題がある場合もあるし、簡単に括れるものではない。

 そこで日本特有の精神療法として森田正馬による禅のノウハ
ウを活かしたという、森田式という世界に誇るものがある、と
言われている。最近は勢いはどうなのか、以前ほど、聞かない
ような気もする。

 森田式精神療法でよく取り上げられたのが赤面恐怖症、人前
に出ると顔が赤くなるとか、理不尽な悩み、なにかの音が気に
なって眠れないとか、やたら清潔にしないとどうしようもない
とか、ガス栓をちゃんと閉めたかどうか、が何度安全確認して
も納得できず、確認を繰り返す、・・・・・まあ強迫恐怖とい
うべきか。そこで精神科に行っても、なにやら「検査」をされ
て「軽いものを出しておきましょう」とか言われて処方で抗不
安薬の類を飲む羽目になる。藁にも縋る思いで処方された薬を
飲んでも、実は百害あって一利なしという感じである。だがら
抗不安薬の類は効果どころが逆効果、・・・・・そこで「森田
式精神療法」が一斉を風靡した時期があった。病院精神科も、
「森田式」を積極的に取り入れていたところもああった。

 「神経症には森田療法しかない」という人、本当にそうなの
かどうか、確認のしようもないが。

 でも森田式とはなにか、改めて内容を概説すると、

 慈恵医大で教授を務めた森田正馬博士によって考案、進めら
れた精神療法の考え方で、日本独自である。対象は神経症であり、

 ①普通、神経質とされるもので不眠症、頭痛、能率減退、取越
し苦労、などさまざまなケース

 ②恐怖症で、対人恐怖、赤面恐怖、何か不完全さに襲われ、確
認を繰り返すなど、不完全恐怖。

 ③不安神経症、例えば心臓神経症はその典型、

 でそれらは瀬死ん的なものが原因で、分裂症などの精神病とは
異なる。あくまで心の中の病ということで身体疾患と異なる。

 ならどうする?

 森田正馬博士は禅の思想の応用だろうか、

 「外相整えば内相自ら熟す」

 気分、悩み、症状にかかわらず、健康人らしく振る舞えば、自
然、健康人になっていく、というのだそうだ。

 別に簡単そうに思えても、悩める人間にはこれが難しいのだ、
という。

 でなぜ神経症が生じるのか、についての森田の考えは

 ・・・・。赤面恐怖なら、人前で赤面になるは誰にでもあること
であるが、その当たり前なことを異常と思い込みすぎて、それがエ
スカレートし、必ず人前で赤くなるのではと思い込み、他人と会話
も困難になるという。

 精神病状発生の初期状態は、、自己の状態が環境に順応できない
のではないか、という不安が潜在するという。その状態で例えば
恋人の前で赤面、それを笑われたという体験が起こり、それがきっ
かけで赤面恐怖症が起こるという。

 赤面恐怖に囚われたら、ますます気になって、すべての注意がそ
ちらに向かう。赤面をなくそうという願望が生じ、無理なことを可
能にしようという葛藤が生じ、強迫観念になる。悪循環だ。

 ★その解決法は?

 「あるがまま」で通常に行動し、悪循環を断ち切るというのだ。
「とらわれっる」からいけないので、「あるがまま」を受け入れ、
普通に行動する、というのだ。

 かくして、昔は森田式療法の施設もあったものだ。まず掃除から
きっちり行う生活態度、・・・・・。

 ★森田式にハマるほど事態はなぜ悪化するのか?

 例えば「赤面恐怖症」と「吃音恐怖」を並べたら、同じようなも
のと思ってしまうが全く別である。後者はれっきとした獲得能力で
ある。後者で「あるがまま」また森田式でいう「恐怖突入」をくり
かしたらどうなるだろうか。限りない疎外に出会うだけである。

 理由が本来ない事案の恐怖、心臓病もないのに心臓病では、と思
いこんでの心臓神経症、そこまできになるなら一度、信頼する医師
の診察を受け、て安心するしかないないだろう。

 で、どうにも対応しようがない、神経症的症状、水道栓を完全に
閉めたかどうか、閉めても気になって繰り返す。・・・・でも、
程度の差こそあれ、ありがちな精神状態である。・・・・・それで
?だが別に対処の用もないだろう。完全に締めた、と確認したら、
何らメモでもする、それで気にならなくなるまで。

 つまるところ心の病気の本質は「意識」だと私は思う。「病気」
身体でも精神でも同じだ、治ったとはどういう状態か、要は「そ
れを忘れた」状態だ、「忘れよう」と思ったらもうダメだ。無心
で行動こそ健康だろうが、「無心」でと意識したら、それは無心
と真逆である。「あるがまま」と思って行動したら、それは既に「
あるがまま」ではない。その不自然さの最たるものが「森田式」で
苦しみを逃れようという心的態度である。森田式に頼りたい、と思
うことこそもっとも深刻な心の病である。基本、森田式で救われる
ことはないと思う。「とらわれない」と常に思うことこそ、最も「
とらわれた」状態だ。誰も救ってはくれない。「あるがまま」より
「あきらめ」て行動することが遥かに好ましいと感じる。


  森田正馬博士

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