備蓄米放出、第二次小泉劇場を日本の米作りの崩壊の悲劇としないために

日本にとってコメ作りは特別の意義を持つ。国土の保全と
いう基本的な意味もあるし、食料安全保障という国家の存立
の最重要な要素、食文化の基本としてのおコメ、であるが、
現実はすでにズタズタである。事実上の減反政策でコメの生
産は減少の一途、日本の水田をフルに利用すれば年間、1300
万トンの生産は可能とされるが、すでに800万トンを下回って
いる。昨年の米騒動を招いた2023年の米作の低調さ、作柄は
101とされたがそれは玄米ベースの話で品質の低下で精米後で
いえば85程度だったという。そりゃ、コメ不足が起きるはず
だ。
減反で、再度、水田には実は簡単でない。休耕田も雑草が
生えるだけでなく鳥などによって運ばれた樹木の種子が根を
張って成長してしまう。それらをすべて掘り起こし、再度、米
作はハードルが高い。
そこで日本のコメである。現状は散々だ、獣害も甚だしい。
後継者も少ない。何より安定した収入が見込めない。このよう
な日本コメ作りの苦境を、第一次小泉劇場のアメリカの「対日
年次要求」に応じて「民活幻想」で日本の至宝、超優良現業の
郵政公社を民営化し、現在の惨状に導いた轍を踏んではならな
い。「アメリカ米輸入」を「改革」の幻想で包んではならない、
すでにミニマムアクセスのアメリカ米輸入で日本は1000億円近
い国家資金を投入しているのである。アメリカ米にそのような
予算を使うなら、いかに日本のコメ作りを長い視点での再生に
導いていくか、でなければならない。それは米作への価格保証
、風水害、病虫害、獣害での被害も勘案しての所得補償である。
米作は再建、充実すれば価格も適正なレベルに落ち着くはずだ
が、今回の備蓄米放出などでない、食糧費の国民への給付、さ
らには消費税の段階的廃止こそ望ましい、が官僚、官僚の傀儡
の政治屋の抵抗はあっても日本のために消費税廃止は避けて通
れないはずだ。
第一次小泉劇場の「郵政民営化での画期的民活」の幻想で、
その結果、惨状は見ての通りだ。誤った幻想に愚民化されては
ならない。日本のコメ作りを崩壊させないために、である。
この記事へのコメント
近隣の有志で草刈りをしていますが、キジが卵を産んで成長するまでは草刈りを休止しています。
耕作放棄地は年々増え、官僚が机上の空論を書いたところでどうにもならない事態になっています。