梅崎春生『つむじ風』潮出版、ついに風刺小説になり得ず

昭和32年、1957年に角川書店からが最初、その後、潮出版
から、現在は電子書籍で読める。・・・・・物語は、徳川の末
裔だろうか、インチキな御曹司、貴公子の松平陣太郎に翻弄、
あやつられての滑稽譚である。直木賞を『ボロ家の春秋』で受
けた梅崎春生らしいと言えるが、現代の風刺、戯画でしょせん
柴田錬三郎にはなり得なかった梅崎と感じる。
一台の自動車が一人の若者を跳ね飛ばし、そのまま逃走した。
偶然にその自動車のナンバーを読み取って記憶していた男がい
た。それは浅利圭介という36歳の失業者であった。その状況は
家の主導権を握る妻の命令で家の一隅にお金を払って寄宿させ
てもらっている情けない状態だ。圭介はその轢かれて辛うじて
生き延びた若者を家に連れ帰った。轢いた自動車の主を探し出
し、その損害賠償金を若者と山分けしようというタクラミだっ
た。当時はまだ自動車損害賠償保険制度もなかったのだ。
その轢かれた若者が松平陣太郎、徳川15歳将軍の曾孫だとい
う。相続争いで家を出ていると自分では言っている。
が、圭介がすぐ警視庁に行って調べたら、ひき逃げの自動車と
同一ナンバーの車が東京には二台あり、一台は営業者、もう一台
は自家用で、その主は小説家の加納明治、営業車の方は猿沢三吉
という銭湯の経営者であった。
加納明治は名のしれた小説家、48歳のときに自由感を取り戻す
ため長く連れ添った妻と別れた。だがその後に秘書に雇った女子
大英文科出の34歳になる塙という女性、塙女史は献身的に尽くす
が、いい作品を書かせようと彼の日常生活を厳重に規定し、どう
しようもなくなっていた。その規制に反抗という目的で車を買っ
たのである。ではねてひき逃げの犯人は加納だった。
他方で猿沢三吉は「三吉湯」なる銭湯を三軒も経営している。
52歳になるが、友人のやはり銭湯経営者、泉と些細なことで喧嘩
となって継続中、である。
で、物語は徳川末裔の松平にみな、操られ、翻弄され、加納も
浅利圭介も猿沢三吉も右往左往とする
どうも作者の梅崎はこの小説を現代の戯画とする考えがあった
ようだ。『ボロ家の春』同様に、というよリ、それ以上に登場人
物を著しく一種の漫画的にしているが、ちょっと軽率に流れすぎ
ている。せっかく面白いはずの材料がバカバカしいお笑い小説に
堕しているのではないか。一流からは遠すぎる作品だ。陣太郎がも
っと迫真のスゴ味ある人物に造形出来ていたら、と思わせるが、ど
うもふざけた漫画チックな人間にしか表現されていない。ちょっと
羽目を作者は外しすぎているような感じさえある。基本、梅崎の作
品はユーモア、風刺小説はちょっとモノになっていない。やはり、
冷徹な作品に真骨頂がある。
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