マルタン・デュガール『アンドレ・ジイド』、「チボー家の人々」の作者が描くアンドレ・ジイド


 かってはアンドレ・ジイド、現在はアンドレ・ジッド、
Andre Gideだから「ジイド」とは確かに読めないのだが。
ここではジイドと。アンドレ・ジイド、1869~1951,マルタ
ン・デュガール 1881~1958,ジイドがデュガールより12歳、
年長である。デュガール、「チボー家の人々」初巻は1922年
である。

 デュガールはまだ無名な新進作家時代、1913年11月初め頃
、ジイドに紹介されたという。それ以来、二人はジイドが亡
くなる1951年まで続いたのだが、この本はデュガールが厳し
い冷徹な文学者の眼で見て観察した、年長の先輩作家につい
てのノートである。

 まずはジイドが折に触れてつぶやく自分自身を語る言葉が
、実に注意深く記録されている。

 「私は遺産みたいにして、ひどく旺盛な性欲、性本能を受
け継がねばならなかった。それは何代もの禁欲者たちが、意
思の力で、抑えつけていたものだったが、言わば、私が過重
な荷物を背負う運命にあったということだ」

 とか

 「私はこのことをやったから、もうあのことは出来ない、
そう考えると私はやりきれなくなる。私は行動するより他人
を行動させる方が好きなのだ」

 とか

 「私は死後に生きるなどということが決して空想しない。
死後の世界の仮説などを考えるなど、およそバカバカしい
限りだ。本能的にだ、知的にもだ」

 次にジイドの日常生活やその性格について述べられている。
ジイドが家庭内でいかに暴君だった、いかに夫人に冷淡だっ
たか、異常なまでに感受性が敏感であったか、取り巻きの連
中にいつもチヤホヤと甘やかされ、人の心情、苦しみ、思い
に無頓着の極みだったか。またジイドが、デュガールと共に
映画を鑑賞中、ズボン下を二枚、重ね着したいからズボンを
脱ぐのを手伝ってくれ、と頼まれ、断固、拒絶したこと。

 デュアールは確かにジイドには年長の著名な文学者として
敬意は払いつつも、その男色趣味や、政治に軽率に足を踏み
入れたり、共産党にすっかり同調したりなどに批判的であり、
そして「ジイドがコミュニズムに身を投じたのは、別段、政
治的信念によるものではなく、福音書的な熱意と希望に基づ
いている。そしてその後、ジイドがそこから離れたのは、福
音書的な失望の結果でしかない。要するに、帰依も、離反も
、常に変わらないジイドの気紛れ、無邪気さ、の結果、だと
いうのだ。

 だがジイドの文章の魔術的な卓越さについては

 「この文章の達人は、言葉の選択や、その配置、その起伏
の巧みさ、別に独創的もない、偶然まだ誰も声高に書いてい
ないという思想を独自の言い回しで、あたかも独創と思わせ
る技術はたいしたものだ。つまらぬことでも、かれが飾った
文章にすれば人を幻惑させる、だから読者は十分注意して読
むべきだ」と非常に辛辣である。

 この本は実に希少価値の、ジイドを理解するために重要な
本である。長年の友情、の産物と思うが、デュガールは決し
てジイドに服従はしない、という明確な意志を感じさせる。

    Roger Martin du Gard

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