郷 静子 『れくいえむ』文春文庫、野ざらしに放置された軍国少女の戦争への激烈な呻き

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 時期的には1972年、昭和47年下期の芥川賞に輝いた作品で
ある。『ベティさんの庭』と同時受賞だった。内容は戦争に
迫るものだ。

 「無条件降伏」という形で日本の「聖戦」は終わった。
工場などに動員されていた中学生、女学校の生徒など、「学
徒隊」は解散、もちろ帝国陸軍、海軍も解散である。療養の
勧めを断ってまで学徒動員で働き続けた17歳の節子は防空壕
を転用した住居、壕舎の中の湿ってカビ臭い夜具の上に見を
横たえて、独り、意識朦朧として耐えていた。

 著者は横浜生まれ、横浜育ち、鶴見高等女学校、戦時中か
ら肺結核罹患していた。1929~2014.したがってほぼ自己の
体験である。

 その「ひたすら死を待つだけの、節子の長い忍耐の時」が
、どれだけ続いたものか。「隣家の主婦の最後の心尽くしの
、いり米の袋にもほとんど手をつけず、ただ水を飲みながら、
生きながら葬られた人間のように」横たわっっていた。

 ただ肉親も友も失い」「最後に死ぬ役目を引当てて」しま
い、「死の近づきのようが遅いのにじれていた」節子には長
く感じられただけのことだ、その決して長くはない「節子の
長い忍耐の時」を、280枚もの作品として仕上げた小説なの
だ。

 「ひたすら死を待つだけの女性主人公の、何度も失いかけ
た意識のうちに、秩序もなく去来する意識の中で秩序もなく
去来する映像、実は秩序だった思い出だったり、幻想的に勝
手なやり方で駆けていくような夢だった。

 それらを去来した混乱のまま、写し出しながら「死が頭の
上から雨のように降り注ぐ時代」の断末魔を捉え、「戦争と
はいったい何だったのか」と絶望的な混乱の中かか問わずに
はおられなかった。庶民のうめきのようなものだ。

 筆致はプロの作家とは思いにくいが芥川賞の選考では「しろ
うと」ぽさの魅力が評価された。「去来した混乱のまま」の意
識を描写し、その中で「戦争とはそのようなことでもあった」
といってしまえば、もはや手垢のついた事柄の、じつはまだ、
誰からも伝えられていない真実を描きだすという意図は単に
、素人怖い物知らず以上の、真摯な精神を感じさせるものだ。

 混乱をつづりながら、軍国少女だった著者と異質の「非国民」
と罵倒され続けた下級生の「なおみ」との10ヶ月にわたるやり
とり、それが順を追って挿入されていく手法は、逆に策を弄す
る手ぬるさを感じさせるが。

 だが戦争が過ぎ、「のざらし」にされた少女の魂の暗い呻き
を伝えることで「あの戦争」に迫った作品だ。




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