石川達三『頭の中の歪み』社会的無用な存在は殺してなぜ悪い、という露骨な優生思想小説。同時に悪趣味

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 1960年、昭和35年の冬の刊行。石川達三は社会的問題を小説
のテーマに取り上げることが多い。それがひどく稚拙に感じら
れる作品も多い。私は新聞連載の『青春の蹉跌』を読んで、正
直、「うぇー」と感じてしまった。中学生時代のことだった。
「いいおとなが、こんな稚拙な小説をよく書けるものだ」と偽
りなく感じた。

 この作品も『青春の蹉跌』』と同じように、慌ただしく筋を
追っている。そのテーマはいただけない。優生思想である。後
味の悪さは格別である。

 高木信二郎は日新建設なる会社の資材部次長、ちかいうちに
昇進するのではという男。その妻は、彼が大学の学資を出して
もらった青山六郎太という建築学者の娘、(青山六郎太などと
いう奇妙な名前を登場人物につけるとは)だが器量も頭も悪い。
さらに感受性も喪失している愚鈍で魅力もない女である。信二
郎は学資を出してもらった見返りで、その女を押しつけられた
わけである。

 この夫婦の間には息子と娘がいて、息子の聡太郎は秀才です
での製薬会社への就職が決まっていた。だが娘の久米子は母の
血を引き継いだのか、言葉もろくにうまく喋れない、魯鈍であ
る。だが肉体だけは人並み以上で、父親のわからない子どもを
孕んだ。信二郎は中絶させようと医者など回るが、胎児は四ヶ
月以上でもう中絶不可と断れる。社会生活に適応できない魯鈍、
白痴の血統を断ち切るのが「ヒューマニズム」という信二郎の
主張は、誰でも生きる権利はある、生まれてくる子どこが必ず
劣等者とは限らないと、いうのが決まり文句。信二郎は彼らは
保身しか考えないエゴイストと怒り、自分の手で娘を殺すと思
った。それが父親の愛情表現!だと思った。

 が友人の医者からヒ素を騙し取り、殺害の実行を図るが、久
米子は誰かに塩酸モルヒネを飲まされて死んでしまった。嫌疑
は信二郎にかかり、所持のヒ素も捜索で見つかるが、塩酸モル
ヒネではないから殺害の主がわからない、保釈された信二郎は



復讐でなく「感謝」のために犯人を探そうとする。犯人はしか
し以外な場所、家庭内にいた、・・・・・・というサスペンス
的でもあるが臆面もなく優生思想を押し出している。石川達三
が「私の少数意見」で、社会に不要はものは殺害せよ、と大マ
ジで吠えている?と思うしかない。そんな単純な、と思うが、
現実、日本という国は強制中絶が最近までまかり通っていたく
らいで、その規定が廃止されたのは最近だ。まだまだ1960年は
優生規定がバリバリ、でも生きている人間まで殺せ、とまでは
喉元まで出かかっていても規定はなかった。

 作品への「批判」も別段、なかったようで、世相を表している
とうべきか。






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