確かに人生はあまりに束の間すぎて、過ぎれば感無量なもの
つくづく感じるのは人生いろいろ、人生の中身は千差万別。
あらゆることが人間、いかに千差万別でも、人生は全ての人
間にとって絶対的に共通なことは、人生が束の間だということ
である。一年なんて本当に短いが、それが僅か二桁の年数でし
かない。一般的な動物としては人間の寿命は長い方でも、しか
し本当に短いというのがこの年齢になっての実感である。問題
はひとそれぞれだが、私の場合、極端にひどい家庭、親のもと
に育っただて、その苦しみ、とんでもない業と因果に染まった
親のもとで天文学的な苦しみを舐めたわけである。理不尽であ
る。自分に責任のないことでこれほど苦しみを舐めるとは、だ
が、これも真実で人生は理不尽に終始するものだということだ。
だが境遇は個人差が大きい。だが、いずれにせよ楽な生きかた
は、またあり得ない。だから境遇で余計なハンディを背負いこ
む不利とんでもないマイナスである。
オギャーと生まれた赤ちゃんだった残された年数は二桁、で
ある。昔よく、電卓の出始め、単純な演算、1+1から始めて
+1の演算をボタンを押して繰り返すと100はあっという間、
100まで生きる確率は非常に低いから、・・・・・ただ子供時代
、若いころ、さしあたり何十年も寿命が残っているということ
に誤魔化され、人生はあたも永遠のように長いかのような錯覚
に襲われる、だがそれがまさに儚い錯覚でしかなかった、とす
ぐに思い知るものだ。二桁の年数なんて、実際、瞬間でしかな
い。人生の内容にかかわらずである。この点は公平なのかどう
か、億兆の資産を持とうとが無一文だろうが、与えられた時間
はほんの瞬間レベル、・・・・・同じ瞬間なら億兆の方がい
いだろう?私はそうとも思えない。限りない名声と栄誉、資産
を持って、束の間の人生で全てと別れて消える切なさはまた、
これほどの悲しみもないだろう。何千年いきてもよいくらいの
金、財産、さらに名声、あるいは天才的頭脳を持とうが、与え
られた時間はごくごく短い。金のあるなしなど、騒いでも空し
いだけだろう、と思える。最低、人並みに生きられる程度の金
で十分ということになる。
だが、私のように早い段階で重病、それを抱えて、それに加う
るさまざまな不幸、災難、ハンディを背負った人間からすれば、
正直、わずか二桁の年数の瞬間の寿命でよかったな、という気持
ちもある。どんな人生も過ぎれば、まだ別に全て過ぎたわけでも
ないが、恥ばかりの苦難の人生も、妙に感無量である。ちょっと
あきれるほどだが、私の責任でとはいい難い、だがそんな人生も
あり、と思える今が幸福とも言えないが、感慨は湧く。
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