宝塚、懐かしの写真館(416)「冷泉為恭」1937(8月1日~8月31日),大劇場二場


 歌劇「冷泉為恭」は宝塚大劇場で1937年、昭和12年、8月1日
から31日まで、毎日午後1時から、ただし日曜は午前11時からと
午後5時から、2回公演であった。主な配役は

 蓮月:初音麗子

 冷泉為恭:室町良子

 為恭の妻、綾衣:梅香ふみ子

 舞妓雛鶴:秦 都美子

 仲居おしん:千村克子

 月心律師: 牧 藤尾

 若林友次郎:嵯峨あきら


 「冷泉為恭」について   小野晴通

 昨年「蓮月尼」を出したとき、蓮月ことをいろいロ調べている
うちに、自然と冷泉為恭にも触れていくことになり、実はこちら
の方が芝居になる材料が豊富と分かり、いっそこちらを先に芝居
にと思ったが、その時はすでに「蓮月尼」が実現の運びとなって
いて、結局、「蓮月尼」が先に出てしまった。

 為恭については既に神童というわれほどの天才であり、特に
大和絵に趣味を持ち、自然当人万事平安朝好みであり、母が冷泉
家に使えていた縁故で勝手に冷泉を名乗ったともされ、常に座側
に螺釧の経唐を据えて、自身の居室には板敷きにしていたという。
すっかり殿上人を気取っていたという。そんな人だから、自然技
術の方も大和絵をすくようになったようだ。

 妻の綾衣は八幡の名家新善法寺の娘で、無論、身分からはいう
と絵師の女房になるような家柄ではないのだが、縁あって為恭の
許に嫁いだ。この頃が為恭の絶頂だったようで、相当、書斎には
骨董に鑑識が利くところから随分と蒐集しただろう。自然、懐も
肥やしたようで、後にそれがたたって疑惑を向けられた。

 蓮月は清純な性格からして、実際、為恭と合うはずはなく、蓮月
が神光院境内の茶所にいて、その頃、為恭も神光院に隠れていたが、
蓮月はどうも為恭を信用していなかったという。これは蓮月が純粋
な勤王家でさらに一本気で、幕府側にも便宜を通じる、無論、それ
は為恭の芸術への精進への方便であったろうが。二股式の為恭の
態度に不満があったと思う。だが今度の「冷泉為恭」では、。どこ
までも為恭を芸術のためには命をかけて進む、といった人物にして、
勤王も佐幕もないとした。蓮月は陰に陽に為恭順の芸術修行を助け
るという筋立てにしました。「蓮月尼」でおなじみの舞姫雛鶴も若
林友次郎もデますが、若林はちょっと狂言回しの役割り、妻の綾衣
は為恭に欺かれ、神光院に訪ねてくるので、為恭の隠居が確実とな
るという、この綾衣を演技は難しい。さらに演映えがないという役
。舞台は「蓮月尼」の時期から三年後とします。盆の十六日、京は
大文字の灯る夜のことになっています。西賀茂から見えるのは左大
文字です。

上、若林友次郎   嵯峨あきら

 下  冷泉為恭   室町良子

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 冷泉為恭と妻、綾衣 梅香ふみ子

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