神西清『灰色の目の女、雪の宿』中公文庫、数少ない小説だが、異常に凝りすぎの文章、構成。読者が疲れるその深い深いインテリジェンス
神西清はロシア文学の翻訳、特にチェーホフの翻訳でその名
を永遠に残すわけだが、フランス文学の翻訳もあるし、実は少
ないが小説もある。堀辰雄、竹山道雄との生涯の交友、また三
島由紀夫、福田恆存、中村光夫らと「鉢の木会」を主宰、・・
・・・・要するに単なる翻訳家ではなかったのだ。小説は戦前
に書かれたもので総数八偏と少ない。戦後、死の年に中公文庫
で小説集『灰色の眼の女』、2008年に『神西清・小説セレクシ
ョン』が出ている。また青空文庫でも小説は読める。丸い黒縁
眼鏡で、ちょっと並でない雰囲気を漂わせる。
1957年に中央公論から出た小説集は表題は『灰色の眼の女』
、表題作たるこの作品はその後の連作もあって神西清の小説で
はトータルでの分量は多い、半分以上だろう、だが未完成なの
だ。ソ連の衛星国と思われる新興国の東京商務館に勤務するイ
ンテリ青年の目を通して、その商務館で働く数人の男女を描こ
うというもので、なんとか人物の紹介が終わりかけたところで
作者は投げてしまった。灰色の眼の女の紹介を中心として、周
囲の諸人物が活動を始めてそれぞれの運命に遭遇する。それを
一つの小説として完成となると相当の長編に成らざるを得ない
が、やはり専門の小説家でないという我が身の非力を悟ったの
かもしれない。
『雪の宿り』は2008年に刊行の『神西清・小説セレクション』
の表題作でもある。
連歌師貞阿の口を通して、応仁の乱の惨憺たる破壊と混乱を
見つめて、
「乱壊転移のすがたこそ何かしら新しいものの息吹き、すが
すがしい朝の前触れる浄めの嵐なのではあるまいか、この無慚
な乱れを統べる底の力が見極めたい。せめて命ある間に、その
見知らぬ力の実相をこの目で見たい。その力のはたらきから新し
い美のいのちをくみとりたい」
という感慨を松王丸と鶴姫との悲恋に絡め、語っている。
資料の調査検討もまず、多分、非常に周到だろう。実に何とも
凝りに凝った、凝り過ぎとさえ思われる苦心の作である。1957年
の刊行の方は解説が三島由紀夫で「傑作」と述べている。将軍に
ついても
「政治なんぞで成仏できる男ではない。まだまだ命のある限り、
馬鹿の限りを尽くすだろうが、ひょっとするとこの世で一番長持
ちするものが、あの男の乱行沙汰の中から生まれるかも知れん」
と言い放って、さきの貞阿のケースとダブらせるなど、相応の効
果はあるとは思うが、・・・・・・芥川並みというのか、あまり
に凝り過ぎの文章、意匠はこの虚構世界の作品から活力を奪って
いるのではないのか。
神西清の小説家としての発想、技法は実は単純だろう。古典的
に磨きをかけているようで、妙にウェットな感傷性を含んでいる。
何ともインテリジェンスに満ちた作者の苦心作である。
この記事へのコメント