島村利正『残菊抄』1957、半ば忘れられた作家の作品集、人間の生きる悲しみを感傷を交えず描く

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 一般に島村利正という作家は知名度は低いが、信州は上伊那
郡出身、家業を嫌って学校を中退、家出、奈良に行って志賀直
哉らの知遇を得る。戦前に二度、芥川賞候補に、戦時中に撚糸
会社設立、1962年に廃業、作家に専念。1976年、平林たい子
賞、1979年に読売文学賞と端倪すべからざる実績を残している。
1912~1981、69歳死去。2001年、「島村利正全集」全4巻刊
、『残菊抄』は作品集、古書で入手できるが「全集」でも読め
る。だが何か生前から、忘れられた作家、・・・というとどう
だろうか。・・・・・。

 『残菊抄』は1957年に発表、刊行。作品集である。表題作の
『残菊抄』。作品集だから長い間に書かれたものを集めたもの
だ。作風は一貫していると思う。小説を書くのはなにか材料が
入らないと書けないものであり、その入った材料を惜しまず、
手堅く、誠実にまとめた作品だろう。なにか古風といえば古風
だ。

 書かれた期間が、基本戦15年戦争の時代から戦後の混乱期で
ある。序文で「自分は自分なりに、書きたい材料をあたためな
がら、ぽつりぽつり書き繋いできたわけである。今読み返して、
その時代の曲がり角にいる自分の姿がよく分かり、あらためて
いろんな感慨が湧いた」とある。

 表題作「残菊抄」は日本橋の問屋街を舞台とし、母と娘の二
代にわたる菊売り女の生涯を描くが、母は関東大震災で、娘は
B29の空襲で命を落とす。感銘深く力作でもある。

 「物売り仲間」は同じく問屋街が舞台で子どもたちを相手に
、セミやカブトムシを売る戦災者の話である。執筆時期が一番
古い「草の中」は多摩川べりの朝鮮人部落で、極度の貧困、さ
らに差別の中を生きる逞しい男の哀れな最期を描いている。

 「仙酔島」はむろん、鞆の浦、今は福山市の仙酔島だが、信
州の伊那に住む老婆が、昔、福山の行商人の葬式を出してやっ
たことが縁となって、その地を尋ねる話である。風光明媚で静
寂な田舎に生きる人の生きざま、生涯がいたって淡々たる素朴
な筆致で圧縮的に描かれている。特に仙酔島の老船頭を点出し
たときの結びの文章は印象に残るものだ。

 基本的なスタンスは消え去っていった古い社会の面影を、い
っさい感傷はまじえず、人の生涯の哀しさを誠実に描くという
ことだろう。地味といえばまさに地味で、それ故目立たず、戦
後、文学賞は受賞したが知名度の低い要因でもあるだろう。だ
が味わい深い作風である。

 

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