有馬頼義の直木賞受賞作品集『終身未決囚』に収録の『皇女と乳牛』

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 有馬頼義は旧久留米藩の当主である。終戦までに長兄、次兄
が死んで頼義が当主となった。戦前、農相だった父が先戦犯に
指名され、財産を失い、完全に零落、ドサクサを生きて作品を
書き始め、1951年、『皇女と乳牛』で「文藝春秋」の懸賞小説
に入選、1954年、これまでの作品を『終身未決囚』の表題で自
費出版、父がかろうじて残っていた財産を売り払っての自費出
版だったが、これは1954年、直木賞受賞となった。だから表題
作の『終身未決囚』だけが直木賞作品ということでなく、その
収録作品全てにたいして、であった。なお母親は岩倉具視の六
女である。

 作品集『終身未決囚』自費出版、は九篇の作品、短編を収録
しているが、『終身未決囚』はどうみても大川周明がモデルで
あろう。本当に発狂していたのか、演技だったのか、というよ
り、発狂とはそもそも何かという微妙な問題を追求した異色の
作品だろう。だが、収録の他の作品、『皇女と乳牛』、『絵を
うる男』、『月光』のほうがはるかに面白い、コクがある。(
古書で入手できる)

 で『皇女の乳牛』だ。ある宮様の乳母として宮中に一年通っ
た、ある地方の旧家の女性の話である。宮中に乳母として呼ば
れたことで、この女性の人間性が変わってしまった。もちろん
戦前の話だから、彼女を宮中に送り出した地元ではそれは大事
件であり、務めを果たし、無事に戻って来たときは村中がこぞ
って大歓迎した。彼女は村にすれば大いなる名誉であった。

 このような村の高揚した高ぶりの中で、彼女は従来と全く別
人のごとく、徹底して「高貴な人」として振る舞い、その結果、
彼女の夫、子供たちが不幸に突き落とされる、という内容であ
る。

 終戦後、まもなくインタビューに来た記者に対して、写真を
撮らせてほしいといわれると、そそくさと美容院に駆け込む。
その後も、足繁くその美容院に通い詰め、借金をこしらえる。
夫が子供の盗みの弁償のためにと貯め込んでいた五万円をもっ
て、彼女は化粧に行くのだ。宮中に乳母として召されたことで
、すっかり誇大妄想となってしまった女性の悲喜劇、いうなら
ば犠牲者といえるだろう。それがいたって見事、鮮やかに描か
れ、『終身未決囚』よりよっぽど好短編である。

 筆致は何ともぶっきらぼうであるが、なんだかその後の『兵
隊やくざ』に通じるような無遠慮さ、速度感である。非情で即
物感がある。





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