EVは本質的にオモチャだ、「全てEVに」というから話がおかしくなる。

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 アメリカはトランプ大統領のもと全面EV化の方針は撤回し、
さらに正式には来年2026年にパリ協定を離脱する。だが日本
はアメリカがEVの購入補助金を大幅に削減、あるいは廃止さ
れたが日本では逆にEVへの購入補助金が増加されている。
官僚機構が根本的な決定をしているが国交相の座を10年以上
保持の公明党の意向もEV絶対化に影響しているようだ。

 だがEVの特質、実用上の問題を考えれば日本国内でオール
EV化はあまりに非現実的な話である。さらに脱炭素ドグマの
好む「持続可能」という言葉だが、思うに金属資源だが、そ
れが無尽蔵であることを前提としている。ただすでに「金属
窃盗」が頻発しているのを見ても明らかなように、きわめて
短期的に見ても人類にとって最大の問題は金属不足である。
「エコ」といいながら資源濫用の贅沢志向である。濫用する
金属資源、レアアースのリサイクルの確立には至っておらず
、現状はせいぜい「ゴミ減らし」でしかない。資源濫用でリ
サイクルも有名無実となれば、金属不足は今後、エスカレー
トする一方だろう。

 EVはエンジン車より歴史は古いし、戦後も日本は石油輸入
難からEVあるいは木炭車を日本は国民車としようとした。ま
た名車スカイラインを生んだプリンス自動車も昭和20年代半
ばころまではEV専業だった。だがそれも長続きしていない。

 基本はよく遊んだラジコンカーなどと同じでバッテリーで
モーターを回すだけである。たしかにこれならエンジン車の
あの複雑極まる精緻なメカは必要もない。誰しも考えること
だが、プリンス自動車もすぐにEV専業からエンジン車メーカ
ーに戻った。

 「電化」、「電動化」と画期的な進歩のようにマスメディ
アは書くが、「移動の道具」である。電車、トロリーバス
は架線から取り入れる。だが移動道具の「電動化」で「
バッテリー持参」となれば、・・・・・それが本当に「電動
化」といって進歩とみなせるのであろうか、である。EVと
されるものが外部から電気を供給されて走るのではなく、バ
ッテリーを内部に持ってである。「オモチャ性」はこの点で
明白である。

 バッテリーを保持してその電気でモーターを回すEV、当た
り前だと言われるにせよ、要は電池にそれだけのエネルギー
を蓄えられるか、それが車の能力を決めてしまう。EVでなく
ても車の使う電気の量は莫大である。エンジン車はガソリン
でエンジンを駆動させ、そのエンジンの発したパワーの一部
をバッテリーの充電に振り向けているが、基本的にEVでは保
持しているバッテリーに貯蔵のエネルギーが全てといってい
い。それが車の能力の限界を決めてしまう。EVは現在、駆動
もエアコン作動も同じバッテリーからの電気エネルギーであ
る。EVではエアコン問題は実用上、非情に重要である。その
電気消費は莫大である。

 スマホはごく薄いが、持つとグッと重い。それはリチウム
バッテリーの重さ、密度の高さである。それがEVで、となる
とどれほど重いか、である。車の能力を上げようとすればバ
ッテリーのエネルギー貯蔵量を増やすしかない。まず大型化
し、重量が増す。最低でも300kgでこれは相当にコンパクト
なEVであり、通常は400kgから500kg超である。テスラは550
kgが通常である。エンジン、ミッションギアなどのエンジン
総体の重量はカットされるが、モーター、インバーター、EV
ならではのメカも実際は多く、EVは基本的に重い。またガソ
リンは軽い、エネルギー密度という点でガソリンはバッテリ
ーの最低でも15倍以上で30倍ほどにもなる、同じ航続距離を
かせごうとしたらEVはガソリンの重さの15~30倍以上のバッ
テリーを積まねばならない。

 充填、充電の時間も実用上は最大の問題である。35Lのガ
ソリンなら正味の時間は2分もかからないが、35Lのガソリ
ンの生み出す航続距離の対応の電気の充電は充電設備の性能
にもよるが6時間以上だろう。

 充電の洗礼を考えただけで日本での全面EV化は不可能とい
うより、あってはならないことである。東京都知事が政治的
野心で全面EV化を2030年とぶち上げたが、では住宅の状況、
駐車場の状況、充電設備を考えて、どうやって長時間のEVの
充電が可能なはずなないだろう。

 メディアは何かあると「バッテリーの飛躍的性能向上」を
繰り返し、報道する。楽観論であるが、それがどこまでも化
学バッテリーである限り、化学反応で利用の電子の数以上の
仕事はできる道理はない。画期的というならワイヤレスでの
電気供給なら画期的だろうが、実際は不可能である。

 逆に言えば充電環境、用途、使用状況がEVに適したケース
ならEVは排気ガスを出さないから有意義ではある。だが、ど
こまでも「条件付き」ということである。

 政治家、官僚が政治的野心、省益、利権にかられて国内で
「全面EV化」を云うからおかしくなるのである。どんなもの
も適材適所、というだけのことである。

 日本の政治家、官僚などが常識を果たして持っているかと
いえば持っていない、のが現状である。グローバル利権の反
対の参政党の勢力が飛躍的に拡大しなければとんでもない社
会混乱は避けられないことになる。






この記事へのコメント

killy
2025年09月10日 14:04
文系重視の官僚に問題があります。科学的なことは素人ですから。